「自分のなかでは、お断りするという選択肢はありませんでした。その理由のひとつが、母の存在です」(撮影:大河内禎)
2023年4月から半年にわたって放送されたNHK連続テレビ小説『らんまん』。日本の植物学の父・牧野富太郎をモデルに、時代の変革期を力強く生きる人々が魅力的に描かれました。その脚本を書いたのが劇作家の長田育恵さん。普段は舞台作品を主戦場とし、長篇のテレビドラマは初挑戦。どんな思いで作品に向き合ったのでしょうか(構成:篠藤ゆり 撮影:大河内禎)

幸せな時間を過ごせた

9月29日、私が脚本を手掛けたNHK連続テレビ小説『らんまん』が最終回を迎えました。最終週の台本を書き終えたのは8月のお盆明け。ちょっぴりホッとしましたが、撮影が続いている間は、何か不都合があったら臨機応変に対応しなくてはなりません。

そのため最終回の放送が終わって初めて、本当の意味で「終わった!」という気持ちになりました。「なんと幸せな時間を過ごせたのだろう」と感じます。

主人公の植物学者・槙野万太郎役の神木隆之介さんや妻の寿恵子を演じた浜辺美波さんをはじめとする全キャストの方々と、演出家、美術さん、照明さんなどすべてのスタッフが一丸となったすばらしい座組でした。みなさんの一生の「この瞬間」を結集してできあがったドラマだったと、心から実感しています。

このドラマでは植物の手配ひとつとっても、本当に大変でした。ドラマ部に配属されたばかりの新人さんが植物チームの一員になったのですが、最初は戸惑いながらも、ドラマが終わる頃には、7人いる植物考証の先生方と対等に専門用語で渡り合えるほどに。

ドラマでは、自分の手で図譜を作ろうと、万太郎が印刷所に石版印刷を学びに行きます。それと同じように、若手の演出陣は石版印刷を事前にマスターするため、工房に通って印刷スキルを磨きました。私の仕事は、そんなみなさんが乗っかる、決して沈まない船を造ること。無事航海を終えられて、本当によかったと思います。

朝ドラのお話をいただいたきっかけは、コロナ禍でした。私はもともと演劇畑の人間で、劇団「てがみ座」を主宰しています。予定していた舞台が緊急事態宣言で中止になり、この先どうなるんだろうと不安を感じていた時、NHKから『流行感冒』という1時間もののドラマを書いてみないか、と声がかかって。放送後、再び呼ばれたので何かと思ったら、それが朝ドラの打診でした。

あまりにも意外なお話だったので、その場ではただ茫然としていたのですが、その後さらにびっくりする出来事が。家に帰ってきた途端、ものすごく手汗をかいて、過呼吸の症状が出てしまったのです。