畑と田んぼをめぐる広大な話
半世紀ほど前までの地形図には、「記号なしの記号」という妙なものがあった。畑である。
現在ではV字を平たくした「畑」という記号がちゃんと設けられているが、「昭和40年図式(同44年加除訂正)」でこれが登場するまでは、記号のないところが畑を意味していた。
もちろん戦時中でもあるまいし、畑と同じく何も記号が描かれていないからといって広場や小学校の校庭に作物をびっしり植えてあるわけではない。この記号は一般的には畑とは認識されていない牧草地も含むので、厳密に定義すれば「畑・牧草地または空地」ということになるだろうか。
国土地理院の現行地形図の記号とその用法を掲げた「平成25年2万5千分1地形図図式(表示基準)」によれば、畑の記号は「陸稲(おかぼ)、野菜、芝、パイナップル、牧草等を栽培している土地に適用する」とある。
ここに掲げられた陸稲などは「田」の記号が用いられていると誤解しそうだが、地形図ではこれらの「植生記号」を作物によって決めているわけではなく、あくまで耕地の形状で判断している。パイナップル畑も、作物が果物であっても「果樹園」ではなく畑の扱いだ。
実は外国の地形図には畑の記号は滅多にない。欧米では果樹園の記号はよく見かけるのだが、農産物を輸出している国、たとえば広大な小麦やトウモロコシの畑が広がっているアメリカやカナダ、フランスなどの地形図にも畑の記号はない。
その広大な耕地を地形図で見ると、道路などに囲まれたエリアには広い間隔で等高線がゆったり描かれているぐらいで、まったく白紙の状態だ。ざっと調べてみたところではドイツ、オランダ、ベルギー、イタリア、スペインにも畑の記号はない。
なぜかと考えてみれば、記号を描くべき面積があまりに広いからではないだろうか。そもそも地図の版下は第二次世界大戦後しばらくまで、ほとんど手描きで作られてきた。
広大な土地にひとつひとつ記号を点々と描いていく手間を考えれば、「何も描いていないのが畑」と決めてしまった方が楽だ。事情はアメリカほど耕地が多くない日本でも同じだろう。