腐食した銅版にインクをのせ、プレス機にかけて――。刷り上がった紙を取り出す瞬間が一番心躍ると語る山本容子さんは、今年、画業50年を迎える(構成:菊池亜希子 撮影:荒木大甫)
ハプニングから作品が誕生
この50年、私の真ん中には常にアートがありました。一つひとつの作品が次に繋がり、ときには数十年を経て、新たな世界や再会をもたらしてくれた。そんな不思議なご縁の連続だったように思います。
京都市立芸術大学の学生だった1970年代初頭は写真ブーム。版画も写真を使ったシルクスクリーンが人気でした。でも私はへそ曲がりで、皆と同じことをするのが大嫌いなんです。
同じ版画でも、写真とは正反対の、昔ながらの銅版画の道に進みました。銅板に防腐剤を塗り、それを掻き落として線を刻むエッチングという技法は工程が複雑でしたが、紙に刷り上がった線の美しさは何より心が躍るものでした。
当時から下絵は描かず、制作途中にハプニングが起きるほうが面白いと思っていました。あるとき完成間際の銅板に、シャツの袖のボタンがペタッと付いてしまった。「しまった!」と思ったけれど、私は何もしていないのに、銅板にはすでにボタンが描けている。
これは面白い! と、バンドエイドで同じことをしてみたら、いわば《バンドエイド王国》に。最初の一つは銅板に押して形を浮かび上がらせ、そこからフリーハンドでひたすらデッサンを繰り返す。最終的に、銅版画とは思えない大きな作品になりました。

【ナンセンスな面白さ】
「Papa Aid」(1975) 左下がバンドエイドを押したもの。ほかはデッサンを繰り返して生まれた
「Papa Aid」(1975) 左下がバンドエイドを押したもの。ほかはデッサンを繰り返して生まれた