インターネット上の誹謗中傷について、プラットフォーム事業者に迅速な対応を義務付ける「情報流通プラットフォーム対処法」が4月1日に施行されました。脳科学者の中野信子先生は言語とはその性質上、人間の行動パターンを大きく変えてしまうことがあることを指摘し、「人間の歴史はまじないの歴史」と語ります。「言葉の隠された力」を脳科学で解き明かします。そこで今回は、中野さんの著書『咒の脳科学』から、一部引用、再編集してお届けします。
脳は苦痛より快楽に弱い
私たち人間の脳は苦痛よりも、快楽に弱くできている。
たとえば、私たちの代謝のメカニズムは、もちろん個体差はあるものの、多くの場合、飢餓状態に耐えられるようにカロリーをできるだけ使わず、溜め込む方向に寄せて仕組まれている。これは俗に「節約遺伝子」と呼ばれる複数の遺伝子があることがその証拠のひとつとして挙げられる。
この遺伝子は、少ないカロリーでも活動できるように体を調整する機能を担っている。これを持っていればいるほど、同じ活動に対する消費するカロリーは少なくなる。太りやすく、痩せにくくなるわけだ。こういった遺伝子が存在することそのものが、私たちが長いあいだ、食糧の乏しい環境において進化を続けてきたことを示すものとも言える。
一方、栄養状態が豊かになったときに、それを調整するための機構は、驚くほど乏しい。勝手に放っておけば痩せていく、というのは、よほど活動量が多くなるか、病んでいる状態以外には、ほとんど期待できない。豊かすぎる環境では、私たちにはこの、すぐに機能が低下してしまう脆弱な意志の力以外には、何も抵抗する術を持っていないのだ。