「この国で各地の地裁に起こされた民事訴訟は年間14万件、起訴された刑事事件は6万件。そのうちニュースとして報道されるのは、ごくごくわずかな一部にすぎません」と語るのは、日本経済新聞電子版の「揺れた天秤~法廷から~」を連載した「揺れた天秤」取材班。そこで今回は、この大好評連載をまとめた書籍『まさか私がクビですか? ── なぜか裁判沙汰になった人たちの告白』より一部を抜粋し、<学びになるリーガル・ノンフィクション>をお届けします。
勝手な撮影は許されるのか
一軒家が並び立つ東京23区内の閑静な住宅街。2020年11月のある日、夫は私道を隔てた隣の家に4台の真新しい防犯カメラが取り付けられていることに気がついた。
うち何台かは自宅を向いているように見える。この隣家に住む女性に2カ月ほど前、「話がある」と呼び止められたことを思い出した。
「家の周りに油をまかれている。被害届を出していいですか」と非難されたものの身に覚えがない。在宅勤務のさなかだったこともあり「出せばいいのでは」と素っ気なく応じると「わかりました、出しますから」と激高しながら告げられた。
このとき以来、女性が我が家をにらみ付ける姿をたびたび目撃するようになっていた。カメラは2週間後にも追加され、計5台による常時記録が始まった。