元春さんのハーモニカコンサートは、すみかの入居者から大人気(撮影:藤澤靖子)
長野県のとある山間部に、一人の女性が立ち上げた介護施設がある。介護というとネガティブなイメージもあるが、ここでは毎日笑い声が絶えない。その明るさの秘密は、一体どこにあるのか。施設を開所した当事者であり、現在も訪問看護師として働く江森けさ子さんを訪ねた(撮影:藤澤靖子、寺澤太郎)

前編よりつづく

病に倒れて気づいた「今」を楽しむ大切さ

地域で医療系のケアマネジャーを望む声が高まったことから、江森さんは04年に在宅介護の相談やケアプランの作成を引き受ける居宅介護支援事業所を開設した。

08年にはグループホーム「すみか」を開所するなど、「5年で終わり」どころか、介護事業はさらに拡大していく。

「すみかを始める時、周りには『また夫婦で大変な仕事をやるだかい』という声もあれば、『ボケ老人集めて、金稼ぎするつもりだかい』という声もありました。それも当然だと思う。私たちみたいな年金生活者が故郷に帰って事業を始めようなんて、普通ではないですからね」

しかし、四賀の認知症の高齢者は右肩上がりに増えていた。在宅介護に苦しむ家族や、当事者が不安から引き起こす行動を見るにつけ、「認知症の人たちが家族のように暮らせる居場所」が必要だという思いは、ますます強くなったという。

故郷に戻って以来、介護の経験をそれなりに積んできたつもりでも、すみかの開所当初は緊張の日々だった。

「新しい環境におかれた不安で取り乱す人や、スタッフに暴言を吐いて噛みつく人……。私も心配で職場を離れられなかったし、夜の様子を知りたいからと夜勤にも加わりました」

そうして入居者一人ひとりの状況を把握し、スタッフと支援の方法を統一する。たとえば、認知症で不安が強く、耳も遠いため会話が成立しにくい当時88歳のあきさんの場合はこうだ。

「合図のために肩をポンと叩くだけで、『何するだー』と大声で怒鳴る。でもそのうち、大声を出すのは、何をされるかわからない不安と緊張から来る自己防衛とわかってきて。

必ず顔を見てゆっくり話すなどの配慮を続け、だんだんと平穏に暮らせるようになったのです。これは紛れもなく、《人の力》でしかできないことだと感じました」