イメージ(写真提供:Photo AC)
高齢者が高齢者の親を介護する、いわゆる「老老介護」が今後ますます増えていくことが予想されます。子育てと違い、いつ終わるかわからず、看る側の気力・体力も衰えていくなかでの介護は、共倒れの可能性も。自らも前期高齢者である作家・森久美子さんが、現在直面している、96歳の父親の変化と介護の戸惑いについて、赤裸々につづるエッセイです。

前回〈96歳認知症の父は、老人ホームに入居してから頭がしっかりしてきた。焼き芋の次はコーラブーム到来。1日に5本も…〉はこちら

米寿を迎えた頃、急に父の物忘れが激しくなった

父の物忘れがひどくなっているのを私が認識したのは、8年前の夏だった。当時の父は88歳で、年齢の割にはしっかりしているように私には見えていた。

私の携帯に見覚えのない固定電話からの着信があり、留守電には女性の声でメッセージが入っていた。

「お父さんのことで、お話をしたいので、お電話ください」

折り返しの電話をかけてみて、父が血圧やコレステロールを下げる薬をもらっている病院だとわかった。受付の人が担当の女医さんに電話を繋いでくれた。

「お父さんがさっき診察にいらしたのですが、気になることがあって、話しておきたいから、来てくれませんか」

父に病気が見つかったのだろうかと、心配になって訊ねると、先生は含みのある言い方をした。

「血液検査の結果は特に変わりないのですが、お父さんの物忘れがひどいようで……お父さんから、緊急連絡先の久美子さんの携帯番号を教えてもらっていました。ご兄弟はいないのですか?」

私は「はい」と答えてから少し補足した。

「私の母は40代で亡くなりました。弟が1人いましたがしばらく前に病気で亡くなっています」

先生は、間髪を入れずにおっしゃった。

「じゃあ、久美子さん、お一人で来てください。早い方が良いですから都合をつけて明日でも。今、受付に電話を回しますから、時間を予約してください。詳しいことは、お会いした時に」