婦人公論.jpから生まれた掌編小説集『中庭のオレンジ』がロングセラーとなっている吉田篤弘さん。『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』の「月舟町」を舞台にした小説三部作も人気です。

このたび「月舟町の物語」の新章がスタートします! 十字路の角にある食堂が目印の、路面電車が走る小さな町で、愛すべき人々が織りなす物語をお楽しみください。月二回更新予定です。

著者プロフィール

吉田篤弘(よしだ・あつひろ)

1962年東京生まれ。小説を執筆するかたわら、「クラフト・エヴィング商會」名義による著作と装幀の仕事を手がけている。著作に『つむじ風食堂の夜』『それからはスープのことばかり考えて暮らした』『レインコートを着た犬』『おるもすと』『金曜日の本』『天使も怪物も眠る夜』『月とコーヒー』『中庭のオレンジ』『鯨オーケストラ』『羽あるもの』『それでも世界は回っている』『十字路の探偵』『月とコーヒー デミタス』など多数。

 

第四話
風がやむまで(其の一)

 

 生まれつきです。強面と言うのでしょうか。
 子供のころから、「テツ君は恐いよ」と言われていました。
(いや、そんなことないんだけど)
 自分はこの三十二年間、常にそうつぶやいてきました。顔つきだけじゃなく、体が大きいのが、皆を恐がらせてしまうんだと思います。
 なので、なるべく(小さく、小さく)と体を縮こませていたら、いつのまにか猫背になっていて、
「姿勢よく生きなさい」
 と父に言われました。
「まわりの目なんか気にしなくていい」と。
 父は理解してくれていたと思います。いまはそう思います。しかし、そのころは──父がまだ健在だったときは、自分の方が父を理解していなかった。余裕がなかったのです。いまも決して余裕などないんですが、あのころは、なぜか、自分は父よりも長く生きられないと思っていました。
(どうせ、自分は)
 と後ろ向きになり、つまるところ、あのころの自分は自分の方から壁をつくっていたのです。まわりのせいにしていました。
 誰も自分を分かってくれない。
 分かってくれないどころか、誰も見てくれない、と。
 こんなに目立つ大きな体なのに──。

 この町へ来たのは、父がよく話してくれたのを覚えていたからです。
「〈南雲〉という文房具屋があって、そこの親爺さんがとてもいい人だった。こちらはまだ仕事を覚えたばかりで、ぎこちなかったのにね」
 父は文房具を製作する会社に勤めていました。名の通った大きな会社ではありませんでしたが、ノートや筆記具を、直接、店に卸していて、父はその営業を担当していました。いまはずいぶん少なくなってしまいましたが、そのころは、どんな小さな町にも必ずと言っていいほど文房具屋があり、そうした小さな町を父はよく知っていました。
「その中でも」と父は言ったのです。「忘れられない町がひとつあって。どこか静かで、路面電車の駅があって、小さな商店街があって、ああ、こういうところに暮らしていたら余計なことを考えなくていいだろうなと」