NHK連続テレビ小説『ばけばけ』の放送がスタートしました。モデルとなったのは、日本研究家として知られる小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)と、その妻・小泉セツ(節子)です。『ばけばけ』では、明治時代の松江を舞台に、怪談を愛する夫婦の何気ない日常が描かれています。今回は、そんな小泉夫妻の著書『小泉八雲のこわい話・思い出の記』から一部を抜粋し、セツが綴った夫・八雲の思い出をご紹介します。
眼の悪い人にひどく同情していた
松江に参りまして、当分材木町の宿屋に泊まりました。しかし、暫らくで急いでほかに転居することになりました。
事情はほかにもあったでしょうが、重なる原因は、宿の小さい娘が眼病を煩っていましたのを気の毒に思って、早く病院に入れて治療するようにと親に頼みましたが、宿の主人はただはいはいとばかりいって延引していましたので「珍らしい不人情者、親の心ありません」といって、大層怒ってそこを出たのでした。
それから末次本町と申すところの、ある物もちの離れ座敷に移りました。しかし「娘、少しの罪ありません。ただ気の毒です」といって、自分で医者にかけて、全快させてやりました。
自分があの通り眼が悪かったものですから(※)、眼は大層大切にいたしまして、長男の生まれるときでも「よい眼をもってこの世に来てください」といって大心配でした。眼の悪い人にひどく同情いたしました。宅の書生さんが書物や新聞を下に置いて俯して読んでいましても、すぐ「手に持ってお読みなさい」と申しました。
※小泉八雲は16歳の時に左眼を失明している。