世間から「大丈夫?」と思われがちな生涯独身、フリーランス、50代の小林久乃さんが綴る“雑”で“脱力”系のゆるーいエッセイ。「人生、少しでもサボりたい」と常々考える小林さんの体験談の数々は、読んでいるうちに心も気持ちも軽くなるかもしれません。第59回は「シングルファーザー大歓迎」です。
“母親ロードマップ”の洗脳
未婚歴、子なしの記録更新を今年も続けている。最近ぼんやりと妄想するのが「シングルファーザーのパートナー、いいなあ」。分かっている。「何を今さら」「夢物語か」と中年の私に揶揄が四方八方から飛んでくるのは覚悟のうえで書く。まずはなぜそんな結論に至ったのかを振り返ってみる。
現代語で表現すると“ステップファミリー(再婚家庭)”と呼ばれる家族を知ったのは、小学校低学年だったと記憶している。私の母校の小中学校には、児童養護施設から通う同級生がいた。彼らから養子縁組が決まると「うれしい」と話を聞いていたせいか、子どもながらにその事実を安堵として受け取っていた。血縁がなくても家族は家族。不仲の家庭よりもよっぽど楽しいのではないかと、普通の家庭に育った小学生の私は想像を膨らませていた。
ただ、私を苦労して出産して、血縁が何よりだと話す母には本音が話せず、この気持ちは封印。いつか自分も母になると信じて疑っていなかった。
私……だけではなく、団塊ジュニア世代や居住地の地域性などによっては「女性は結婚して出産するのが最良」とされてきた。令和のように生き方の選択肢はなく、義務教育のように“母親ロードマップ”が引かれていたのだ。結婚相手に選ぶのは当たり前のように異性、同年代。できれば実家が太くて、収入が安定した、自分の両親が喜んで迎えてくれるような人物。自然とそんな理想がわいていたので「シングルファーザー」と条件があると、腰が引けていたのは事実だ。今思い返すと、20代ゆえのただの刷り込みだった。
