1972年にぼんちおさむさんと漫才コンビ「ザ・ぼんち」を結成し、80年からの漫才ブームをリードした里見まさとさん(73)。2人は2025年、芸歴16年以上の漫才師140組が参加した『THE SECOND~漫才トーナメント~2025』で決勝の8組まで勝ち残ると、SNSのトレンドランキングでは「ザ・ぼんち」が1位に躍り出るなど世間を驚かせた。そんな里見さんが波乱の半生をつづった新刊『漫才の一滴 笑吉が教えてくれた「念、縁、運」』を出版。多くのプロ野球選手を輩出した名門・興國高校野球部での挫折や、52歳で発症した病とは――。まさとさんに聞いた。(取材・文:婦人公論.jp編集部 撮影:本社・奥西義和)
「あ、これ死ぬかもしれん」と思った
<ザ・ぼんちは、漫才ブームの終焉から数年で活動休止。2人はそれぞれ別のキャリアを歩んでいたが、2002年に50歳で再結成する。>
ザ・ぼんち再結成から間もない2004年。52歳の時でした。ラジオの帯番組の生放送中に倒れて「あ、これ死ぬかもしれん」と思ったことがあります。
放送が始まって1時間ぐらい経ってから手足の先がしびれ、体が熱くなり、血圧が上がっているのがわかりました。じきに我慢できなくなり、CMに入る前に「ごめん、ちょっと俺出る」と言ってスタジオを出ると、そのまま倒れてしまったんです。
このまま気を失ったら死ぬと思ったので、意識を保つのに必死で。あの時は「もうこのスタジオに戻ってくることはないな」「生まれたばかりの孫とキャッチボールすることはないな」という2つしか頭にありませんでした。
念願だった自分の帯番組が始まっていろいろたまっていたのかな。放送開始から3ヵ月ぐらい経って「これならやっていける」とホッとした矢先の出来事でした。