<天下一の補佐役>豊臣秀長の目線で歴史をダイナミックに描く、夢と希望の下克上サクセスストーリー・大河ドラマ『豊臣兄弟!』(NHK総合、日曜午後8時ほか)。ストーリーが展開していく中、戦国時代の武将や社会について、あらためて関心が集まっています。一方、歴史研究者で東大史料編纂所教授・本郷和人先生がドラマをもとに深く解説するのが本連載。今回は「岐阜」について。この連載を読めばドラマ本編がさらに楽しくなること間違いなし!
美濃を手中に収めた信長
斎藤龍興を打ち破り、美濃をその手に収めた織田信長。ドラマでは、稲葉山城に居城をうつすと、その一帯を”岐阜”と名付けるシーンが描かれました。
その信長が「うつけ」と呼ばれていたというのはよく知られた話です。
しかし彼の生涯を見ていくと、中国やインドの古典の知識があるところからすると、僧侶などによるキチンとした教育を受けていたように思います。
『信長公記』によると、「織田信長が美濃国を攻略した際に、稲葉山の城下の井口を岐阜と改めた」と書かれていて、岐阜への改名も中国の故事に倣っていたのでしょう。
