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<天下一の補佐役>豊臣秀長の目線で歴史をダイナミックに描く、夢と希望の下克上サクセスストーリー・大河ドラマ『豊臣兄弟!』(NHK総合、日曜午後8時ほか)。ストーリーが展開していく中、戦国時代の武将や社会について、あらためて関心が集まっています。一方、歴史研究者で東大史料編纂所教授・本郷和人先生がドラマをもとに深く解説するのが本連載。今回は「信長の朝倉攻め」について。この連載を読めばドラマ本編がさらに楽しくなること間違いなし!

信長はなぜ越前に進攻した?

ドラマの中で、信長がたびたび掲げてきたスローガン「天下布武」。

第十回の放送でも、足利義昭に「この織田信長、必ずや義昭様を京へお連れし、天下布武を成し遂げてご覧に入れまする」と宣言するシーンがありました。

「天下布武の天下とは京都とその秩序だ」「織田信長は室町幕府的な体制の再構築を目指したのであって、天下統一などは目標としていなかった」と主張する人が多くいらっしゃいますので、ではなぜ越前を攻めたのか、という問題について考えていきましょう。

信長は元亀元年(1570年)4月、3万の大軍を率いて越前に進攻します。

朝倉義景を攻めたのですね。

この行動については、しばしば「京都の秩序を守るためだった」と説明されることがあります。

ですが、本当にそうなのでしょうか。