大戦末期、戦艦大和とともに沖縄水上特攻を命じられた駆逐艦響は周防灘で触雷、落後する。乗組員の浦賀少尉は、日本の内海すら米軍の機雷で埋め尽くされた現実に愕然とする。
戦後、海上保安庁で日本周辺の掃海任務にあたっていた浦賀だが、ある日、緊急電により下関へ向かう。そこには多数の掃海艇が集結していた……。当時の日本の難しい立場を背景に約三十年も秘された事実をもとに、日本人にもっと知ってもらいたいと願う直木賞作家の著者が、全力で挑む歴史大作、ここに開幕!

 かつて帝国海軍の一大拠点だった横須賀が、いまはすっかりアメリカの軍港になっていた。
 そこここで停泊するアメリカ第五艦隊の艦船は、むろんながら星条旗を翻している。陸地を行き交う水兵や将校も、みなアメリカの軍服を着ている。日本人は、肩をすぼめて歩く工員や荷役の傭員だけだった。
 用意されていた内火艇にまず村上課長が乗り込み、松原はその後に続いた。沖へ向かう内火艇が規則正しくエンジン音を刻むにつれ、沖合に錨を降ろしている旗艦「ニュージャージー」の巨体が近づいてくる。
 そういえば、と松原は思い出す。日本代表団が降伏文書に署名したのは、ニュージャージーの同型艦「ミズーリ」だった。うちの「大和」か「武蔵」でアメリカの代表団を迎える可能性があったのかな、などと思った。
 ニュージャージーの一室では、二人のアメリカ軍人が松原たちを待っていた。
 第五艦隊参謀のウッドロウ中佐は、重厚な戦歴がそのまま体躯になったような、固太りの大男だった。アメリカ第五艦隊もその将兵も、つまりは日本が屈服するまで太平洋で激闘を続けた生き残りである。
 あと一人は爆撃調査団のムーア中佐と名乗った。外見に特徴はないが、瞬きをほどんどしない。爆撃機に乗り込んで四六時中照準器を覗き込んでいると、こんな目つきになるのか、などと松原は意地悪く評した。
「私はオキナワ沖で二度、航空機によるカミカゼ・アタックを受けました」
ウッドロウ中佐の挨拶は口調こそ朗らかながら、文句はずいぶん剣呑(けんのん)だった。
「その時々で乗っていた二隻とも大破して戦線を離脱した。わが第五艦隊が迎撃したヤマト以下の水上部隊もカミカゼ・アタックだったと聞いている。戦死せず、いま貴官らに相対していられるのが不思議なくらいです」
 松原はそっと唇を噛む。
「本題に入りたい。まず」
 村上は素っ気なく応じた。ただし松原は、上司が薄情でないことを知っている。
 ウッドロウは日本の戦士が勇敢であったと賞賛しているらしい。だが、特攻の話をまともに受け止めてしまえば、日本の軍人なら平然としていられない。特攻で散った者たちへの哀惜、自分はのうのうと生き残っているという自責に押しつぶされてしまう。生者の使命として、死者が守りたかった国や家族を、代わりに守らねばならない。いまは手前勝手に悲しんでいる暇などない。
「かねて開示を求められていた情報をお渡しします」
 村上に促され、松原は四つの書類袋を机に置いた。日本の掃海艦艇とその能力、日本が敷設した機雷の箇所と現状、これまでに行われた掃海の進捗、触雷による沈没艦船が、それぞれの袋に一覧や文章の形で収まっている。
 ウッドロウが太い首を動かしてうなずき、書類を挟んだフォルダを二つ差し出してきた。
「わが合衆国軍が日本近海に敷設した機雷の箇所と個数、敷設機雷の種別。あと日本で稼働するわが掃海部隊の編成表です」
 けっこうです、と村上はもらったフォルダを自らの鞄にしまう。松原はいますぐ目を通したかったが、こらえた。
「ご提供の情報は帰ってから確かめますが、貴軍が敷設した機雷について、先にこの場で概要を伺っておきたい」
 村上の問いに、それまで黙っていたムーア中佐がわずかに身を乗り出した。
「まず、敷設の目的は二つある。一つ、日本海軍の残存兵力が温存されていた瀬戸内海を封鎖し、わが合衆国軍が攻略を企図するオキナワ方面への増援を阻止する。二つ、日本勢力圏内の物資輸送を阻止して軍事生産を弱体化せしめ、かつ兵員と兵器生産力の供給源である――」
 日本国民を飢餓せしめること。ムーアはためらいも瞬きせずに言った。
「なお、作戦名は『オペレーション・スタヴェイション(飢餓作戦)』である」
 勇ましさもてらいも、神話や古典をもじった気取りもない作戦名に、松原は苦笑するしかなかった。そうでもしていないと腹立ちのあまり、怒鳴りつけてしまいそうだった。
「飢餓作戦は三月末に開始され、おもに航空機を使用した。日本が降伏するまでの五か月間で投下した感応機雷は一万七〇〇個ほど。あと一年も戦争が継続していれば、日本本土では人口の一割に当たる七〇〇万人が餓死していた、とわれわれ爆撃調査団では推測している。  概略は以上である。あとはお渡しした資料を確認し、なお不明あれば当方に照会されたい」
「よくもまあ、そこまでやってくれたものですな」
 松原はつい言い、苦笑したままの頬にしぶしぶ愛想を混ぜた。ウッドロウは下手な冗談と思ったらしく、人懐こい笑みを浮かべた。ムーアは爆撃照準器を覗き込むような目を寄こしてきた。隣で村上課長が眉をひそめているだろうな、と思いながら松原は続ける。
「これもお渡しした資料に詳述しておりますが、わが日本側では無念ながら五〇〇件の触雷事故がありました。つまり貴軍がばらまいた機雷のうち五〇〇個は処分済みです。あと自爆や誘爆一六〇〇個、陸上への誤投下か漂着ののち処分したものが七〇〇個弱。掃海により一三〇〇個を処分しています。差し引きで――、六五〇〇から六〇〇個の感応機雷が稼働状態で残存している、ということですな」
「日本が自ら敷設した機雷は、いかほどか」
 ウッドロウの問いに、村上は「きみが答えよ」と松原の顔も見ずに言った。任せる、ということらしい。いちいち口出ししない上司は、松原にとってありがたかった。
「重要な港湾や海峡への連合軍潜水艦の侵入を阻止するため、五万五〇〇〇個の係維機雷を敷設しています」
「少ないな。わが潜水艦による『エンペラーのバスタブ』へ  の侵入が容易だったことから、予想はしていたが」
 ウッドロウはふくよかな頬に憐れみを浮かべる。その通りだ、などと言わずに松原は肩だけすくめ、総数にすればそこそこ大きい五万五〇〇〇という数にひるまなかったウッドロウに敬服した。
 五万五〇〇〇の機雷は、アジア東部から西大西洋にかけての広大な海域にばらまかれている。いま例に出された、米軍が「天皇の浴槽」と呼ぶらしい日本海であれば、出入り口となる対馬海峡と宗谷海峡に計三七〇〇個を敷設してあった。そこそこの数ではあるが、ドイツと戦うイギリスがお膝元のドーバー海峡に敷設した数の、わずか一割程度に留まる。ウッドロウが指摘した通り、アメリカの潜水艦は対馬、宗谷の両海峡にあった薄っぺらい機雷堰を悠々と通過し、日本海で暴れ回り、大陸と日本本土との連絡を遮断した。
 今次の大戦は机上の空論だったのだな、といまさら松原は思う。アメリカ、イギリスなどの大国を相手取って戦争ができるほどの資源を求めて、日本は海外へ進出した。だが、せっかく獲得した資源地帯から本土への輸送路は、五万五〇〇〇個ていどの機雷ではとても守り切れなかった。そればかりでなく、喉を締め付けるに等しい本土近海への機雷敷設も許してしまった。
「過去についてはこれくらいにして、今後の話をしよう」
 ウッドロウは話を進めた。
「我々の提供した情報に基づき、日本海軍 は掃海を遂行してもらいたい。なお、わが合衆国が敷設した各種の感応機雷は来年二月中旬ごろには自滅するから、それまでに最低限の航路のみ啓開すればよい。とくに下関の周辺は三〇〇〇個の機雷を敷設してある。ただちに掃海を行うのは危険である」
 よほど人が良いのか、ウッドロウはそんなことを言った。
「下関方面は日本の海運にとって大動脈です。どれほど危険であっても、至急で掃海する」
村上が、青い顔のまま強い声で応じた。