国士舘大学大学院客員教授・八幡和郎先生は、「近代日本において、全国のどこで生まれても地元の各都道府県に名門高校があり、良質な高校教育を受けることができることは国力の源泉となってきた」と語っています。当連載では、そんな八幡先生の著書『日本の名門高校 - あの伝統校から注目の新勢力まで -』から一部を抜粋し、全国の名門高校をご紹介していきます。今回取り上げるのは「灘高校」です。
灘高校 私立/男子校/中高一貫/兵庫県神戸市東灘区
理3・京大医学部の累積合格者が、2位に二倍以上の差を誇る関西私学の雄
最近の医学部進学ブームの過熱ぶりは異常だが、いまの日本で、東京大学理3(医学部)と京都大学医学部(医学科)に合格することが、受験戦争の最終勝者であることに異議は唱えられない。2026年度入試を見ると、東大理3の合格者数は、筑波大駒場高校が9名、灘高校7名、京大医学部は灘高校13名、洛南高校14名であるが、1950年からの累計では、東大理3では、灘高校は850名を超え、開成高校や波大駒場高校、京都大学医学部でも灘高校は950名を超え、東大寺学園や洛星高校の2倍以上であるようだ。ただし、最近ではベンチャー志向が高まり、医学部離れが顕著ともいわれている。
東大理3の合格者数などを考えれば、この極端な数字は、単に優秀な生徒が集まっているというだけでは説明できない。灘高校には、上昇志向が横溢していて、しかも、試験でよい成績をとることをひたすら追求することに疑問なく取り組める風土があるのだろう。
制服の着用義務も、明文化された校則もなく、校外行事も現地集合、現地解散だ。ただ、サンダル、半ズボンなどは禁止されており、バンカラを気取る校風ではない。
設立は、菊正宗、白鶴、櫻正宗などを生産する造酒家たちが共同出資し、白鶴の縁戚で、講道館の創始者、東京高等師範の学校長もつとめた嘉納治五郎を顧問として基礎を固めた。昭和2年(1927)のことである。キャンパスは、JR住吉駅から至近の下町だ。
