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阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。おいしいタイ料理を食べた翌日、テレビ局の仕事現場で自分がニンニク臭いか問いかけてみたところ「クサいです!」ときっぱり返されてしまった阿川さんは――。
※本記事は『婦人公論』2026年5月号に掲載されたものです

おいしいタイ料理を食べた翌日、テレビ局に行き、さりげなく仕事仲間に問いかけた。

「あたし、ニンニク、クサい?」

そんなことないですよと言われるかと思ったら、

「はい! けっこうクサいです!」

きっぱり返された。恐縮すると同時に小さな懐かしさが蘇った。思えば長らくそういうことを気にせずに過ごしてきたものだ。

新型コロナが流行って以来、マスクをするのが習いになっていた。コロナ騒動が沈静化したのちも、マスクはいつも身近にある。

もともと私はマスクが苦手だった。マスクの中に息がこもって苦しいし、大きなマスクをすると、ときどきマスクの縁が目の中に侵入して痛い。マスクをしたまま老眼鏡をかけると、たちまち眼鏡が曇って見えなくなる。ううう、煩わしいぞ、マスク!

でもコロナ禍においてマスクは不可欠だった。いたしかたあるまい。観念してマスクをかけて歩くうち、だんだん慣れた。慣れたと同時に利点にも気がついた。

マスクのおかげで顔の下半分はお化粧をしなくてすむ。口紅を引かない日が増えた。マスクをしていれば、自分の口臭を人にぶちまける心配もなくなった。

こうして私はいつしか、食事中に、あるいは晩ご飯を作っている最中に、

「あ、このあと〇〇さんに会うからキムチは控えよう」

とか、

「明日、ドラマの撮影で顔を近づけて話をすることになるから、餃子にニンニクを入れるのはやめておこう」

などという配慮をしなくなっていた。