
戦後、海上保安庁で日本周辺の掃海任務にあたっていた浦賀だが、ある日、緊急電により下関へ向かう。そこには多数の掃海艇が集結していた……。当時の日本の難しい立場を背景に約三十年も秘された事実をもとに、日本人にもっと知ってもらいたいと願う直木賞作家の著者が、全力で挑む歴史大作、ここに開幕!
六月二五日は日曜日だった。
昼前、遅く起きた浦賀は顔を洗って下宿を出た。海上保安庁の呉支所に顔を出し、まず広い食堂へゆく。事務職員がいない休日だからか人影はまばらで、窓から差し込む光がまぶしかった。
調理場から受け取った昼食は白米、味噌汁、煮付けた切り干し大根、焙(あぶ)った数尾のメザシ。つましくはあるが、量は充分だった。まだ闇市もあるが、日本の食料事情はかつてに比べればずいぶん好転した。掃海の現場でも人力中心の作業であるのは相変わらずだが、人力の源である食事の悩みはずいぶん減った。
どこまでも空いている席のひとつで飯を食っていると、前の席に人が座った。
「よう、指揮官付。休日出勤か」
飄々と話す兵学校同期、浮田幹の顔色は少し冴えない。
「そう言う浮田艇長は風邪でもひいたか」
「二日酔いだ。きのう、フネをドックに押し込んでから幹部どもと街へ出たのだが、ちと飲みすぎた」
帰るのが面倒で、支所に戻って宿直の部屋で寝ていたという。
浮田の艇は、指揮官付の浦賀が立案した計画に従って僚艇と掃海に出ていた。そこで磁気機雷を処分し、掃海具が破損したために予定を繰り上げて昨日、帰投している。
「ご苦労だったな。いや、酒じゃなく掃海のほうだ」
「部下を慰労する艇長の努力も褒めてくれよ」
浮田は味噌汁をすすり、「塩味がしみるなあ」などとうなる。遠くの廊下を、物々しい足音や叫び声が通り過ぎていった。
「また密輸犯でも捕まえたのかな。海上保安庁てのは忙しいところだ」
浮田は気安く言いながら、メザシを指でつまみ上げた。
復興が進む呉は、摘発品の量で国内有数の規模となるほど密輸もさかんになっている。戦前に整備された広大な港湾地区には、日本の法執行機関が手出しできない進駐軍接収地が多く、かといって監視が行き届いているわけでもない。ために密輸船にとっては絶好の寄港地となっている。進駐軍の将兵や家族の適法な出入国を介した、違法な物資の移動も後を絶たない。
「担当業務が別であるからか、浮田艇長は海上警察活動を他人事のように言うな。こんな調子ではわが庁の、海事関連業務の一元化による効率の発揮は、まだまだ先だろう」
浦賀は小難しい言い回しで浮田をからかった。
海上保安庁の業務には、密輸だけでなく密航者の取り締まりもある。また海で事故があれば救難に駆け付け、測量を続けて海図を更新し、全国の灯台や航路標識を維持し、船舶向けの気象情報も発信する。掃海部門でも不発弾など爆発物の処理が業務に加わった。ばらばらの官庁が管轄していた業務を一手に担う新官庁は、つまるところ恐ろしく仕事の多い役所だった。
「他人事にもなる。なにせ俺たちは、もうすぐ馘(クビ)だ」
人が少ないからか、浮田は不平を漏らした。
そもそも、いまの日本で旧軍人は公職に就けない。軍国主義の風潮を一掃するとしてGHQが発した「公職追放」と総称される一連の指示は、いまなお有効だ。掃海担当者は特例で追放を猶予されているが、終戦から五年を数え、日本国内航路の啓開はずいぶん進展した。
また、機雷も自滅の期限が近い。いま日本の海に残っている感応機雷は自滅装置を備えていないが、二か月後の今年八月に起爆装置の寿命を迎えるとされている。その後も火薬は残るから海上保安庁では潜水夫による爆発物処理の研究を始めているが、旧海軍の知識と経験が必要な掃海作業はもうすぐ不要となる。
掃海関係者の間では、機雷自滅の八月から間を置かず自分たちが公職追放、つまり馘になることが確実視されていた。
「MS27、かわいそうだったな」
メザシを飲み下した浮田は、冴えないままの顔に苦みを浮かべた。
かつて駆特何号、哨特何号と呼ばれていた掃海艇はいま、MSというアルファベットに番号を付した名に変わっている。つい先月の五月二十三日、下関海峡の東口で掃海中の掃海艇MS27が触雷沈没、四名の犠牲者が出た。機雷自滅を間近に控えた時期での仲間の殉難に、掃海関係者は一様に胸を痛めた。
「損害三〇隻、死亡七七名、重軽傷者二〇〇名。終戦からいままで、これだけの犠牲を払って航路を啓開した俺たちへ掃海隊員への最後のご褒美が、馘だ。分かっちゃいるが、やってられん」
「浮田はまだ酒が残っているのか」
たしなめる浦賀も、思いは同じだった。
だいたい、触雷は大事故であってもその報道はごく小さい。自滅機能を備えていない機雷の敷設は国際法に抵触するから、うやむやにしておきたい米軍が報道を統制しているらしい。もし被害相応の大きさで報道されれば注意喚起にもなり、せめて民間船の触雷は減らせたのではないか、という悔いは尽きない。
仕方がない、という溜息を浦賀は何度ついたか分からない。勝ち気な浮田も愚痴をこぼすしかないらしい。ふと頭をよぎったのは、「はるらさん」のカウンターから周囲をにらみつけている泳葉の顔だった。
「ところで指揮官付ってのは休日出勤するほど忙しいのか」
「浮田が実施してくれた計画を立てていた時はそうだったな。今日は私用だ。図書室で海技免状試験の本でも読もうと思ってな」
ははっ、と浮田は笑った。
「なんだ、貴様も馘に備えているのか」
「まあな。俺も食っていかなきゃならん」
浦賀もそれなりに船乗りの経験を積んでいるつもりだが、民間に飛び込めば、ただの人だ。恩給をもらえるほどの軍歴もない。海軍兵学校は当時で最難関校の一角だったが、いまどき意味のある学歴ではない。いちおう新学制における短大卒と同等に扱われるらしいが、新米社員として雇ってもらうにはやや齢を食ってしまった。
再就職するなら、これまでの経験を生かせる船の仕事がよいと思っていた。ただし民間船に乗り組むには、海技免状の資格が必要になる。実務経験には自負を持っているが、兵学校で習っても現場で使わなかった知識は忘れているし、民間船の業務に必要な事柄や海技免状試験の対策まで海軍が仕込んでくれたわけではない。
海上保安庁は海技免状試験も管轄しているから、呉支所の図書室には問題集やら解説書が一通り揃っている。家族も趣味もない独り身の休日をいつも持て余していたから、たまには無料の昼食ついでに勉強でもしてやろう、などと浦賀が思い立ったのは今朝だった。
「俺は馘になってから考える。給料がいい掃海をやっていたおかげで、半年くらいは遊んで暮らせるからな」
そううそぶく浮田と別れ、浦賀は調理場に食器を返して食堂を出る。だんだん歩みは遅くなり、目指していたはずだった図書室の扉とすれ違う。
どうにもやる気が出ない。誰に憚(はばか)る必要のない独身男性の特権を行使して、今日は昼酒としよう。そう決めると、とたんに足取りが軽くなった。支所の門を抜け、すたすたと行く。
「号外、号外」
街に出ると人だかりができていて、少年が叫びながら紙をばらまいていた。もし暗いニュースであれば、楽しいはずの昼酒に差し支える。浦賀はそのまま通り過ぎようとした。
「戦争です、戦争が始まりました」
少年の声に、浦賀はきびすを返した。群がる男女を掻き分け、号外を受け取る。
――北鮮軍、韓国に侵入 前線攻撃、開城を占領
ほとんど見出ししかない号外を、浦賀は凝視し続けた。
〈つづく〉
