
戦後、海上保安庁で日本周辺の掃海任務にあたっていた浦賀だが、ある日、緊急電により下関へ向かう。そこには多数の掃海艇が集結していた……。当時の日本の難しい立場を背景に約三十年も秘された事実をもとに、日本人にもっと知ってもらいたいと願う直木賞作家の著者が、全力で挑む歴史大作、ここに開幕!
翌朝、ゆうちどりは大阪港を出航した。
一時間ほどで到着した現場海域は、静かだった。漁船の船影はひとつもない。
爆発物の処理には民間船の立ち入りを禁じねばならないが、日々の漁獲が収入となる漁師には嫌がられる。その代表である漁協も、すんなり首を縦に振らない。奈佐部長と五管航啓部はきっちり仕事をしてくれたらしい。
しばらく待っていると、サルべージ会社の作業船が現れた。全長一〇メートルほどの船体には、物の引き揚げや潜水夫の空気ポンプなど、機材がごてごてと載っていた。作業船がゆうちどりのそばまで来たところで、浦賀は外へ出る。
見下ろした先、作業船の狭い甲板には船長らしき髭面の男が立っていた。船尾では、潜水夫が補助員に手伝わせて、ごわごわしたゴム服を着ていた。
「作業はお任せします。何かあればいつでも申し出てください」
「うちの潜水夫は腕こきです。ご面倒はかけませんよ。今後ともどうぞ、ごひいきに」
社長でもあるらしい愛想のよい船長とは違い、潜水夫は黙々と準備を整えている。補助員が吸気ホースの付いた金属製の潜水兜をかぶせると、潜水夫は器具の入った箱を手に取り、そっけなく波間に消えた。
浦賀は手空きのゆうちどり乗員と並んで、じっと海を見つめる。静かな波の音、ポンプが空気を送る作動音だけが流れる。潜水夫が浮き上がってくるまでに、三〇分ほどあった。早いか遅いか浦賀には分からなかったが、補助員のかたほうが潜水夫を引き上げながら「やっぱり先輩は手際がいいですね」と潜水兜に向けて怒鳴っていた。
二隻はゆっくり後進し、一〇〇メートルほど離れたところで停止する。
「点火の号令はお願いします」
再び顔を出した作業船の船長に向かって、浦賀はうなずきを返す。潜水服を脱いでメリヤスの下着姿になった潜水夫は、起爆スイッチらしき小箱を両手に包み込んだまま、やはり船尾に立っていた。
浦賀はすぐ背後にあるブリッジに手を振って合図する。
「これより不発弾を処理する。総員、衝撃に備え」
ゆうちちどり船長の声がスピーカーから流れる。続けるべき号令をかけるのは初めてだから、浦賀はちょっと身体が強張った。
「点火」
潜水夫の身体がわずかに動いた。ゆうちどりがさっきまでがいたあたりの海面が白く膨らみ、爆ぜ、続いて低い轟音が耳に届いた。
「処分完了、帰港する。――みなさん、ごくろうさまでした」
背後のブリッジと見下ろす先の作業船、それぞれに浦賀は声を掛けた。小さい作業船のほうが先に出発する。ゆうちどりは図体が大きく、ゆっくり進みながら回頭する。
船尾方向となった北のほう、はるか遠くの青空に胡麻(ごま)ほどの黒い影がいくつも浮かんでいた。アメリカ軍が接収している伊丹(いたみ)エアベースから、朝鮮半島へ向かう軍用機だろう。
朝鮮戦争は、日本の様相まですっかり変えてしまった。全国の飛行場からは、大小の軍用機が昼夜を問わず発着している。西日本の各地に警戒警報が発令され、爆撃の目標となる電光を消す灯火管制が実施されたという。
戦時中を思わせる雰囲気の中、それまでインフレと緊縮財政にあえいでいた経済が息を吹き返した。零細経営の町工場から大企業の工場まで昼夜兼行で稼働して、発注伝票の山を請求書に変えている。生産されているのは軍需品である。
伊丹エアベースは戦前に建設され、工事に動員された朝鮮半島の人々がいまも周囲に住んでいると聞く。ほかにも半島出身者は日本の各地に数多い。
生まれ育ちがどこであろうと、間近い朝鮮半島の戦争が、日本の陸地に住まう個々人に与える影響は大きいはずだ。誰に、どんな影響があるのか、せり上がる衝撃で白く爆ぜる海ばかりを見続けてきた浦賀には、まだ想像が及ばない。 〈つづく〉
