衰えつつある脳と指を総動員する日々は大変ながら、不思議と充実した時間で…(写真:stock.adobe.com)
時事問題から身のまわりのこと、『婦人公論』本誌記事への感想など、愛読者からのお手紙を紹介する「読者のひろば」。たくさんの記事が掲載される婦人公論のなかでも、人気の高いコーナーの一つです。今回ご紹介するのは東京都の70代の方からのお便り。脳出血で右半身麻痺となった夫にピアノを薦めたら、なぜか自分が代わりに弾くことになり――。

72歳、ビートルズを弾く

私の楽しみの一つはピアノを弾くことです。ピアノに向かうことになったきっかけは、3年前に脳出血で右半身麻痺となった夫。左手だけでもピアノを弾けたなら、リハビリや脳の活性化につながるのではという思いがありました。

そこでピアノ教室を開いている友人に相談したところ、左手だけで弾ける楽譜を作ってくれたのです。早速、夫はピアノに向かいましたが、思った以上に難しかったようですぐに断念。「自分は聴いているだけでいい」と言います。こうしてなぜか私が代わりに弾くことに。

すると友人が、今度は私のための楽譜を作ってくれました。そこで「半年先の夫の誕生日に披露するのを目標に練習しよう」と決意。とはいえ、家の外に音が漏れるので、好きな時間に弾くわけにはいきません。日中、夫がリハビリに通っていて、家にいない時間を見計らって、楽譜とにらめっこ。月に一度ほど友人に教わりながら練習を重ねました。

課題曲は、ビートルズの「ヘイ・ジュード」。衰えつつある脳と指を総動員する日々は大変ながら、不思議と充実した時間でもありました。

そしてついに迎えた夫の誕生日。一人で弾くのと、誰かを前にして弾くのでは勝手が違います。そばで人が聴いているというだけで緊張して、思うように指が動かない!

なんとか演奏を終えた後、「もう一度聴きたい?」と夫に尋ねると、返ってきたのは「もういいかなぁ」の一言。思わず苦笑してしまいました。確かにこの出来栄えでは、私でももう聴きたくありません。

脳出血を起こした夫には失語症の症状もあり、一時は文字を書くことすらままなりませんでした。それでも左手で文章を書く練習を一日も欠かさず続け、今ではかなり小さな文字も書けるようになりました。その姿を見るたび、秘められた力が人にはあるのだな、と感心します。

私もあきらめず挑戦を続けなければ!そう考え、次の夫の誕生日に「ヘイ・ジュード」に加え「イエスタデイ」を披露しようと練習をスタートしました。

一人だったらとっくに匙を投げていたでしょう。支え続けてくれた友人に心から感謝しています。思うように弾けない時もありますが、その時間も含め、楽しんでピアノを続けていきたい。今はそう考えているのです。


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