(イラスト:平澤朋子)
大人になって離れて暮らしても、変わらず慈しみ、心配してくれた。お母さん、今日も私は幸せに生きています。池谷よしみさん(仮名・大阪府・主婦・79歳)は、母に認知症の症状が出てきたときょうだいから聞き、できる限り実家に行こうと決めたそうですが――。
手作りの枕で孫を迎えて
私には姉が2人、兄が1人、妹が1人います。私がどんな子どもだったか、母に尋ねたことがありました。父が子どもたちのお尻をペンペンぶってみんなわぁーんと大泣きしても、「あんただけは泣かなかったのョ」。
乳首にからしや梅干しを塗って乳離れさせようにも、私だけガンとして離さなかったそうです。
私には唱(しょう)と均(ひとし)という2人の息子がいます。孫はたくさんいても、母は唱を、父は均をとてもかわいがってくれました。均には幼児期に障害があるとわかり、かわいさと同時に心配もあったと思います。
あるとき実家で、私が「唱ちゃん、均を本屋に連れてってくれる?」と頼みました。すると母は「いつも唱ばかり頼りにして。唱だって好きなことをしてたいときがあるでしょ。自分のことだけできていれば十分な年齢じゃないの」と口をとんがらせて怒るのです。
そうして年に1回程度の金沢への里帰りに合わせて、2人の成長に合わせた枕を2つ、かわいらしくつくって待ってくれる母でした。