MARUU=イラスト
阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。原油が原料のナフサが不足している。ならばそれを消費しないで生活する知恵を編み出そうとは思い至ったのだそうで――。
※本記事は『婦人公論』2026年8月号に掲載されたものです
※本記事は『婦人公論』2026年8月号に掲載されたものです
「ナフサ由来」という言葉がにわかに注目されている。誰もが「昔から知ってましたよ」と言わんばかりの涼しい顔で語っているが、そんなことはないだろう。どこかの大統領が余計なことをしなければ、ここまでみんなが口にすることはなかったはずだ。
要するに原油が届かないために、ナフサ由来の製品がことごとく作れなくなっているという話らしい。ならばナフサ由来の製品には何があるのかと問えば、ありすぎて途方にくれる。頭がクラクラしてくる。いつから私たちはナフサ漬けになったのだろう。
各企業がささやかな工夫を凝らし始めた。パッケージのデザインを変更したり色を減らしたり、さりげなく値上げしている気配もある。しかし、その程度の努力で大丈夫なのか。とはいえ、塵も積もれば山となる。こうなったら庶民一人ひとりも小さな努力を積み重ねていこうではないか。
こういうとき、私は俄然、燃える。つまりナフサ以前の生活を思い出してみればいいのだ。ナフサがなくても生きていくことはできるはずである。「でしょ?」と、その筋の専門家に問うと、
「いやいや、ナフサ抜きに、もはや人類は生きていけないのですよ」
冷たくあしらわれた。
悔しい。何と言われようと、やらないよりましだ。せめてナフサを過度に消費しないで生活する知恵を編み出そうではないか。
