60歳を過ぎた木綿子は父の介護と引きこもりの娘の世話に日々追われている。不幸ではないが、いろんなものを諦めてきた人生だった。けれど、ひょんなことから知り合った2歳年下の男と出逢う。二人は互いに惹かれていくが……。遠田潤子さんが描く、静謐で過激な大人の恋愛小説。ぜひお楽しみください。

 

 バドミントンをはじめたのは中学の頃だった。

 墓参りの話がはじまるとばかり思っていたので面食らった。霧の顔を見上げたが、霧は遠く暗い山を見つめたまま、私のほうなど見ていなかった。

 私は胸の痛みにくらくらとしながら、どこかで歓びを感じていた。霧の過去を聞くことができるのは自分だけに与えられた特権だ、と幼稚であさましい感情がわき上がってくるのを抑えられなかったのだ。

 だが、すぐにその歓びは萎んだ。霧の声が寂しすぎたからだ。 

 

 

 俺はバドミントンをはじめるとすぐに夢中になり、大会で上位に入賞するようになった。東京の高校にスカウトされてスポーツ特待生として進学し、寮に入って練習に明け暮れる毎日だった。

 中学校ではシングルスだったが、高校に入ってダブルスに転向した。ペアを組んだのは上野(うえの)雨彦という男だった。

 雨彦は勘が鋭く、前に詰めて敵にプレッシャーを掛けるのが上手かった。俺は地味に拾うスタイルで、周りからは霧雨コンビと言われていた。インターハイでは五位入賞まで行った。

 みなはよくこう言った。

「雨彦って雨じゃないよな。絶対晴れだよ。キレッキレのピーカンの青空から決めてくる」

 そのとおりだ、と俺は思った。雨彦は晴彦だ。間違いない。

「そっかあ? じゃ、霧はどうだよ」

 雨彦がとぼけたふうに訊くと、みなはすこし困った顔をした。

「霧は難しいけど……やっぱ霧だな。なんかすごくモノトーンなんだ。いつの間にか全部拾われてる」 

 大学でも霧雨コンビを続けた。俺と雨彦は練習以外でも気が合って、いつも一緒にいた。親友で悪友で戦友。ハードなトレーニングをし、試合では信じられないほど息が合って、時々はバカみたいにふざけて酒を飲んだ。俺の人生で最良の時間を過ごした相手だった。

 やがて、俺たちはオリンピックの強化選手に指定された。嬉しくて嬉しくて舞い上がっていた。あの頃、俺たちにはメダルがはっきりと見えたのだ。