カード端末の不調が一件。菓子折を複数ご購入いただいたお客様から、包装に時間がかかりすぎて次の予定に支障が出た、というお申し出が一件。ポイントカードのお返し忘れが一件。矢継ぎ早にトラブルが起こり、おわびと応対を繰り返していたらあっという間に昼休憩の時刻になった。敦子は他の売り場の社員にあとを頼み、バックヤードに入ると売り場責任者の名札がついた上着を脱いだ。持参した水筒と弁当を手に持ち、階段を上って三階の休憩室へ向かう。周囲の暗さにほっとする。明るい場所では十二分に機能して、動き続けなければならない。
自販機と机が並ぶ休憩室は、午後二時でもちらほらと昼食をとっている従業員の姿があった。敦子は定位置になっているすみのテーブルに着き、弁当の包みを開いた。梅肉としらすを混ぜ込んだおにぎりと冷凍の唐揚げを頬ばり、ずっとオフにしてあった私用のスマートフォンを起動する。
食事時によく見ているのんびりとした動物園の動画を流そうとして、メッセージアプリのアイコンに通知バッジがついているのが見えた。タップすると、編み部のグループチャットに四件、大学時代の友人のグループチャットに十件の未読メッセージが溜まっている。数の少ない編み部の方から確認する。
一時間前に家具売り場の牧さんから『完成しました。退勤後に着せてみるからあとで見てください』というメッセージと共に、赤白の毛糸で編まれた親雀のマント二枚の画像が送られていた。赤い毛糸の編み地に白い毛糸で雪の結晶模様が編み足されていて、とてもかわいらしい。画像が送信された二十分後に、染谷さんから『最高です』というメッセージと、ハートを飛ばすかわいらしいウサギのGIF画像が送られていた。
牧さんは六十代の男性、染谷さんは三十代の女性だ。このグループチャットではいつも編み物の画像とコミカルなGIF画像が飛び交っている。お互いの距離は少し遠めで、趣味だけで緩くつながっている礼儀正しいコミュニティだ。敦子も『雪の結晶模様めっちゃおしゃれですね! 実際に見るのが楽しみです』とテンションの高い感想を送信した。
そしてふと、正面玄関前で出会った岩本のことを思い出した。
スマートフォンを持ち直し、宣伝部の岩本さんが編み物に興味を持っていたこと、牧さんのマントを楽しみにしていたこと、編み方の基本を伝えていずれ編み部の一員になってもらおうと考えていることをグループチャットに打ち込む。続けて、牧さんが送ってくれたマントの画像を岩本のアカウントに送信し、『お疲れさまです。本日の退勤時に牧さんがこちらのマントを雀に着せてくれるそうです。よろしければ明日以降、また巣を見にきてください』とメッセージを送る。まだ岩本の空気感がわからないため、絵文字やGIF画像は送らなかった。
食べ終えたおにぎりのラップをくしゃりと握り、続けて大学時代の友人グループのアイコンをタップする。すると、午前中からそれなりにまとまった長さのあるやりとりが、複数人の間で交わされているのが見えた。
文面をななめ読みする限り、五人グループのうち、既婚で子持ちの二人が最近の子育ての悩みを語り出し、敦子を除いた独身の二人がときどき意見を挟む、といった塩梅で会話が進行していた。一人娘を難関私立中学に合格させた友人は娘がすっかり反抗期で、動画サイトでどんどん悪い言葉づかいを覚えてしまい、顔を合わせるたびに喧嘩になる、と嘆いていた。息子二人が地域の少年野球チームに参加している友人は、週末はいつも練習や試合の送迎、グラウンド整備やお茶当番に駆り出されて疲弊している。そんな母親たちの会話を受けて、大手商社のコーポレート部門で管理職を務め、現在は起業してベーカリーカフェを営んでいる友人は自分が反抗期だった頃の心情を語り、マレーシアの大学に赴任している製薬会社研究職の友人は『少年野球って今でもそんな感じなの? うちの兄貴もやってたけど、母さんそれでチームのボスママにいじめられて鬱になってたよ』とどん引きしていた。
敦子はしばらく友人四人のやりとりを眺め、あまり書きたいことが思い浮かばず、それぞれのメッセージに共感を示すハートマークを送ると、『みんながんばってて偉いわ』と当たり障りのないメッセージを打ち込んでアプリの画面を消した。
動画視聴サイトを開き、飼育員がプレーリードッグにさまざまな野菜をあげる動画を見ながら弁当の残りを食べる。胸が妙にざわつき、落ち着かない。編み針が欲しくなる。早く次に作る作品を決めよう。
白菜をかじっているプレーリードッグの頭部に被さる形で、メッセージの着信を告げる通知が表示された。友人たちのグループかと思いきや、KEN IWAMOTOの表示に意表を突かれる。
『写真のマント、いいですね! 明日の朝、雀たちの写真を撮りに行きます。お誘いをきっかけに、編み物についてあれこれ考えていました。いつかこういう靴下を編めるようになりたいです。ご指導よろしくお願いします』
メッセージと一緒に岩本が送ってきたURLをタップすると、モダンでカラフルな幾何学模様が編み込まれた、北欧スタイルの靴下ブランドの商品が表示された。すごい。もうやりたいことが見えている。『きれいな靴下ですね。了解です。焦らず練習しましょう』と返信し、敦子は岩本と練習日の調整をした。
休憩時間が終わる。
また、光の中に戻らなければ。
