左から、小林照子さん、村崎芙蓉子さん。同い年の86歳!(撮影:宮崎貢司)
それぞれ美容研究家として、医師として活躍する小林照子さんと村崎芙蓉子さん。年齢による衰えは受け入れつつ、新しい楽しみを見つける達人でもあるお二人に、その原動力を聞いてみると──(構成=内山靖子 撮影=宮崎貢司)

更年期の不調が「怠け病」と言われた時代に

小林 お久しぶりです。村崎先生とは長いお付き合い。初めてお目にかかったのは50歳のときでしたが、深くお付き合いをするようになったのは、私が「美・ファイン研究所」を立ち上げて、先生が更年期の不調に悩む人のためにクリニックを開設されたときでした。

村崎 お互い57歳のときだったわね。私たち、同い年だから。

小林 ある雑誌の座談会でご一緒したんですけど、そのときに私が「一生働いて、巨万の富を築きます」と言ったら、皆がざわめいて。

村崎 私も長年、大学病院や大規模なクリニックで勤務医として働き続けて、ようやく独立したのが57歳でしょう。そこからやらねばならぬことが山積みで、当時は「終点」なんてまったく見えていなかった。

小林 お言葉通り、現在も毎日患者さんを診ていらっしゃる。私も、仕事をやめるという選択肢はずっとありませんでした。「自分で自分を食べさせる」ことを子どもの頃から覚悟して生きてきましたし、何よりも美容の仕事が大好きで、「仕事」というより「楽しみ」だったから。「どうやって続けるか」だけを考えてきました。

村崎 私の場合は、「楽しみ」というより「義務と責任」だけど(笑)。1日100人近い患者さんを診察していた勤務医時代は毎日超多忙で、不調に悩む中高年女性の話をきちんと聞いてあげる余裕もなくて。でも52、53歳頃から、私自身がガクッと体調を崩してしまった。気分が落ち込み、仕事に行くのがつらくて、患者さんの話も頭の中をすり抜けていく。

これではいけないと退職し、週に3日働く非常勤医になりました。自分の体調と向き合いながらさまざまな文献を読んでいたら、「私の不調は更年期の症状ではないか」と気づいたんです。