2022年2月18日より全国にて公開中の映画『オペレーション・ミンスミート ーナチを欺いた死体-』(監督:ジョン・マッデン/ギャガ配給)。第二次世界大戦で秘密裏に実行され、戦後長らく極秘扱いされてきた英国のとある作戦が描かれた作品だ。その原作、『ナチを欺いた死体:英国の奇策・ミンスミート作戦の真実』(中央公論新社)の翻訳本の出版に接し、作家の逢坂剛氏は感慨無量になったという。文庫化にあたり逢坂氏が寄せた「解説」を再編集し、特別に配信する。
神田神保町の古書店で見つけた奇妙なタイトルの古本
本書『ナチを欺いた死体』は、第二次世界大戦中の謀略作戦のうちでも、もっとも奇想天外といってよい作戦の全貌を、初めて明らかにした報告書だ。
これを読み終えた読者は、まるで007シリーズの映画を見たような、心地よい興奮に包まれるに違いない。実のところ、この作戦には007シリーズの原作者で、作家になる以前のイアン・フレミングも、一枚噛んでいたのだ。
とりあえず、きわめて個人的な回想から、始めさせていただく。
半世紀近くも前、わたしがまだサラリーマンだった、1970年代の半ばごろのことだ。神田神保町の古書店の平台で、『謀略戦記・放流死体』という、奇妙なタイトルの古本を見つけた。200ページ足らずの薄い単行本で、奥付によれば1957年3月刊、となっている。当時にして、さらに二十年近くも前の本だ、と分かった。
立ち読みしたところでは、この本は第二次大戦中に行なわれた、連合軍によるシシリー上陸作戦を巡る、ある謀略作戦のリポートのようだった。作戦の正式な名称は、〈Operation Mincemeat〉。謀略作戦にしても、ミンスミート(挽き肉)とはいささか、奇をてらった暗号名だ。
当時わたしは、スペイン内戦終結の半年後に勃発した、欧州戦争に関する資料を何くれとなく、収集しているところだった。
同じ第二次大戦でも、太平洋戦争に関しては当事者の回想記、研究書を含め、数多い出版物が存在する。しかし、同時期に欧州で進行していた、英米ソと独伊の戦争に関する資料は、それほど多くなかった。チャーチルやアイゼンハワーの回顧録、あるいはナチス関連の研究書などがほとんどで、太平洋戦争に比べればむしろ少ないといえた。
そんなこともあって、わたしは迷わずその本を購入した。