英国による欺瞞作戦の当事者によるリポートだった

ちなみにスペインとポルトガル、つまりイベリア半島に位置する二国は、足かけ七年にわたる第二次大戦中、かたちのうえでは中立を保った。ただしスペイン内戦で、フランコ反乱軍が共和国政府を倒したのは、ヒトラーとムソリーニの強力な軍事的、人的援助に負うところが大きかった。したがってフランコ総統は、独伊に少なからぬ恩義がある。

『ナチを欺いた死体-英国の奇策・ミンスミート作戦の真実』(ベン・マッキンタイアー 著/小林朋則 訳 中公文庫)

そうした事情から、フランコ総統は連合軍の圧力、抗議をたくみにかわしながら、裏で何かと独伊の便宜を図る立場をとった。たとえば、独伊が潜水艦の燃料補給を行なうのに、ひそかに自国の港湾を提供したりした。つまり、スペインは枢軸国側にとって、非公式ながら公然たる同盟国だった、といってもよい。

わたしが見つけた『謀略戦記・放流死体』は、実はそうしたドイツとスペインの、親密な関係を十分に計算に入れた、英国による驚くべき欺瞞作戦の、当事者によるリポートだったのだ。著者は、当時の英国海軍の情報将校で、その極秘作戦の責任者の一人だった、ユーウィン・モンタギューとなっていた。

冒頭の、モンタギュー自身のノートを読むと、戦後この極秘作戦の存在が外部に漏れて、これをモデルにした小説や、ノンフィクション・ノベルが出回り始めた、という。

放置しておくと、いいかげんな情報があちこちに流布され、かえって不都合な事態を招く恐れがある。そのため、モンタギューは上層部の許可をとりつけ、当事者たる自分が差し支えのない範囲で、作戦遂行の正確な経緯を公表することにした、というのだった。