『精霊の守り人』『獣の奏者』などを手掛け、『鹿の王』で第12回本屋大賞を受賞した作家で文化人類学者の上橋菜穂子さん。 新刊『香君』は植物が行うさまざまなやり取りを”香り”から感じ取れる少女が主人公ですが「決して超越者の物語ではない」とのことでーー。(構成◎野本由起 撮影◎小池 博)
春風の香りを感じている少女の姿が心に浮かんで
私は、物言わぬ植物のことを、どこか遠い存在のように感じていました。芽吹いた場所に根を下ろして、そこから動かずに、受け身で生きている。そんな“静かな他者”という印象を、植物に対して抱いていたのです。
でも、数年前に、立て続けに数冊の本に出会って、その印象が一変しました。
植物は自分の身体で作った化学物質を使って、他の植物と、あるいは他のさまざまな生物とやり取りをしていることを知ったのです。害虫に食われている植物が放つ香りによって、その害虫の天敵が、餌(害虫)の居場所を知って、やって来たりする。
“静かな他者”だと思っていたのは私がそういうことを知らなかったからで、実際には植物と他の生物の間には香りで繋がる生態系の動きがある。植物が行っているさまざまなやり取りを香りから感じ取れる人がいたら、その人の世界は、とても豊かで、でも、とても孤独だろう。
そう思ったとき、石造りの塔の窓を開け放ち、春風の香りを感じている少女の姿が心に浮かんできたのです。