(イラスト:みずうちさとみ)
2025年には5人に1人が認知症になると予測されています。もし身近な人に認知症の症状が見られたら、どのように対応すればいいのでしょうか。政府広報オンラインが発表した「もし、家族や自分が認知症になったら知っておきたい認知症のキホン」では、認知症の人のために家族が出来る10ヵ条が記されています。普段では考えられないような行動に戸惑うこともありますが、最後の時間をともに過ごすからこそ見えてくる、家族の素顔や心の底からの思い――。必ずしも失うものばかりではないようです。武井和代さん(仮名・三重県・主婦・63歳)は…。

義父母の親戚から理不尽に責められ

長女が大学1年生の秋に交通事故で他界したとき、義母は77歳だった。夫や高校生の次女、私は泣きながら棺にすがりついた。しかし、義母は訃報を聞いたときから一粒の涙さえ見せない。それどころか泣きじゃくる次女を「みっともない」とたしなめた。そんな義母の姿に周囲は戸惑いを隠せなかった。

都会の裕福な家に育ち、義父と見合い結婚をして専業主婦となった義母。高学歴ということもあってとにかくプライドが高く、子どものしつけにも厳しかった。

義姉は「いい家の上品な子どもは、踊るなどというハシタナイことはしない」と、盆踊りの輪を外から眺めることしか許されず、夫は学生時代ギターに憧れたが、「不良になるから」という理由で習わせてもらえなかったという。

義父母とは、夫と結婚すると同時に同居を開始した。そもそも私に選択肢はなく、義母が孫のお守りをすること、私が仕事を続けることも、なぜか結婚前からの決定事項だった。

義母は「年寄りっ子は三文安い」と言われることを嫌い、食事中は娘たちが品よく箸を上げ下げしているか一挙手一投足を監視。背筋が緩めば、義母の声が飛ぶ。雰囲気を和らげようと私が楽しい話題を振ると、「お食事中はしゃべったり笑ったりしてはいけません」と娘たちが叱られ、シンとなる。息が詰まりそうだった。

夫や義父が時々義母をたしなめてくれても、翌日には元通り。私たち母娘は、この苦行の時間を短くすることに心を砕いた。