島村さんは「被災した村には圧倒的に人手が足りなかった」といいますが――(撮影:島村菜津/写真提供:光文社)
イタリア発、集落の空き家をホテルとして再生し、一帯で宿泊経営を行う分散型宿泊施設の考え方を指す「アルベルゴ・ディフーゾ」。ノンフィクション作家の島村菜津さんは、空き家問題の救世主になるといわれるその哲学と実践を、取材を通じて掘り下げてきました。煤だらけの壁、テレビも冷蔵庫も電話もない、インスタ映えとは無縁の料理。これらがなぜ人を魅了するのか? 島村さんは「被災した村には圧倒的に人手が足りなかった」といいますが――。

アルベルゴ・ディフーゾという空き家対策

ここで、イタリアで深刻化する空き家問題を解決する一つの試みとして注目されているアルベルゴ・ディフーゾとは、そもそも何なのか。

誰が考え出し、誰がこれを拡めてきたのか、ということについて触れておこう。

その長々しい名は一種の造語である。

アルベルゴが宿、ディフーゾは、英語のディフューズと同じで、普及するとか、拡散するといった意味のイタリア語だ。

最近では、日本でもさかんに口にされるようになり、「分散型の宿」などと訳されることも多くなった。

その造語が生まれたのは、フリウリ・ヴェネチア・ジュリア州(以下、フリウリ州)のアルプス地方東北端に位置するコメリアンスという山村だ。

1976年のフリウリ震災をきっかけに、その復興プロジェクトとして誕生した。

震度6級の地震に、夏から秋にかけて何度も見舞われた山岳部の村々では、大きな被害が出た。

990人が命を落とし、さらなる被害を恐れて約4万人もの人々が海岸部へと避難した。

酪農がさかんな地域では、約2万頭の家畜も犠牲になった。こうして多くの人が村々を離れ、都市や海外への移民を余儀なくされた。