詩人の伊藤比呂美さんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「猫婆犬婆(ねこばばあ いぬばばあ)」。夫が亡くなり、娘たちも独立、伊藤さんは20年暮らしたアメリカから日本に戻ってきました。熊本で、犬2匹(クレイマー、チトー)、猫2匹(メイ、テイラー)と暮らす日常を綴ります。Webオリジナルでお送りする今回は「今のあたしの家族の物語」。梅雨の季節、家の近くにできたツバメの巣を観察していると、ツバメ3姉妹との出会いがあって――。(文・写真=伊藤比呂美さん)
今年の梅雨は早く終わるとみんなが言っていた。それなのに雨が続く。6月30日はバケツをひっくり返したような豪雨になり、あたしはペチュニアを雨のあたらない場所にひっこめ、家の中のフィロデンドロンを数鉢、雨のあたるところに出した。
この集合住宅には、ツバメが来る。同じツバメじゃない。ツバメの命はそんなに長く持たない。でも毎年同じところに巣をかける。少し残る巣の跡から新規に作り直す。
近くに川があり、大きな葦原がある。夏の夕暮れには、その葦原にツバメが1、2万羽集まって「ねぐら入り」をする。ツバメは番(つがい)で巣をかけて子育てをするが、それが終わると、昼間はそれぞれで暮らし、夜になると集まって、空を旋回しながら葦原に入り、葦の一本一本に止まって眠る。巣にツバメがいなくなると、あたしは毎夕、その壮大なねぐら入りを見に行くようになる。
豪雨の最中の出入りの折に、ふとツバメの巣を見上げたら、ひなが3羽、まるまる太ってぎゅうづめになっていたのである。うんともすんとも言わずにあらぬ方を見つめている。少し経ってまた行ってみたら、まだ同じ姿勢でいる。親の姿は見えない。
親は無事か。この豪雨に打たれたら、ツバメの小さい体なんてひとたまりもない。低体温症になって落鳥の危険性だってある。薄れゆく意識の中で、ああ、巣に残したひなたちの口、くわっと開けた口、黄色い口とそればかり考えて……。なんてことになったら、ならないかもしれないが、なったとしたら、残されたひなたちの運命はどうなる。