多様な倫理が存在するこの世界において、正義という信念は場合によっては狂気を帯びるーー
SNSを通じて異様な光景の動画を見たというマリさん。それは年配のホームレスの男性から、若い男女が仔犬を奪い去っていく内容だったそうで――。(文=ヤマザキマリ 写真=山崎デルス)

異様な光景

自分のSNSのタイムラインに異様な光景の動画がアップされていた。

わずか数十秒の動画に映し出されているのは、若い男性と女性の2人組が年配者と思しきホームレスの男性を地面にねじ伏せ、鳴き続ける仔犬を彼から奪い去っていくというものだ。

男性は涙声で訴えながら彼らの後をよろよろと追いかけていくが、仔犬はさらにその奥で待機していた別の人物に手渡されてしまう。動画はそのあたりで切れている。

仔犬が虐待を受けていたような様子はない。しかし何かに取り憑かれたかのように仔犬を連れ去る男女の様子は、ある種の正義感に満ちている。

事情がどうであれ、仔犬は男性にとって、生き続けていくための大切な存在だったと思われる。しかし、「動物保護」という正当性を優先すれば、仔犬に十分な環境を与える能力のない人物の心情など慮る必要性はない。ホームレスの男性が寂しさと悲しみのどん底に陥ろうと、そんなことは彼らにとって大した問題ではないのだ。

ちなみに、この動画を取り上げていた動物保護関係のサイトによると、仔犬はその後、ホームレスの男性のもとに無事戻されたという。

(写真=山崎デルス)