撮影=塔下智士
みんなと同じようにできない、まわりとうまくやれない──。たくさんの苦しみを抱えながらも、前を向いて生きる、その気持ちをピアノで表現。発達障害のピアニスト、野田あすかさんの演奏を聴いた人の間でいま、静かな感動が広がっているという。(取材・文=福永妙子) ※2018年5月に掲載した記事を再掲します

「心を込めて演奏します。拍手、大好き!」

東京・港区で行われた自治体主催のミニ演奏会。車椅子でステージに登場したあすかさんは、こう挨拶した。

「私の名前は野田あすかです。聴いている人の心がほっとする音楽を届けるのを目標に活動しています。心を込めて演奏します。拍手、大好き!」

会場があたたかな拍手と笑い声に包まれたあと、さらに続ける。

「風邪をひいている人は、どんどん咳やくしゃみをしてください。音楽にあわせて声を出してもらうのもOKです」

再び会場に笑い声。ミニ演奏会終了後、あすかさんに先ほどの挨拶について聞いてみた

——演奏会で咳、くしゃみ、声出しOK……なかなかないですよね。

「今日は障害のある人も来ています。さっき、ステージの裏で待っていると、客席に声を出しちゃう子がいたんです。その子のお母さんが遠慮して、連れて出て行ったらかわいそうだと思ったので、みんなも声出していいよ、と言いました」

プロのピアニストとしてリサイタルを開くほか、発達障害を知ってもらうためのイベントへの参加も、あすかさんの活動のひとつだ。

あすかさんの「広汎性発達障害」は、現在の用語で「自閉症スペクトラム障害」と呼ばれるもの。人の気持ちを汲み取ることが難しく、場の空気が読めないなど、社会性やコミュニケーション能力の発達が遅れるもので、生まれつきの障害とされる。 その二次障害として「解離性障害」がある。何らかのストレスがかかると引き起こされると言われているもので、自分が自分であるという感覚が失われた状態になるのだ。自分をコントロールできず、過呼吸や、リストカットなどの自傷行為を起こすことも。

あすかさんは車椅子や杖を使っているが、これは22歳のとき、解離性障害の発作を起こしてパニックになり、自宅2階から飛び降りて右足を粉砕骨折したため。右足ではピアノのペダルが踏めないので、補助ペダルを使い、左足でペダルを踏めるよう工夫している。

こうした障害を抱えながら、ピアニストとして数々のコンクールに出場し、受賞歴は多数。2018年3月21日にメジャーデビューし、初のアルバム『哀しみの向こう』が発売された。同時に、島根公演を皮切りに、本格的な全国ツアーを開始。今やその活躍に注目が集まるあすかさんだが、ここに至るまでには、たくさんの苦難があったようだ。