夫の銀行口座を見たら103円しかなかった

叶井 中瀬さんは死ぬギリギリまで自宅にいて、何かしたいことあるの?

中瀬 普通の日常生活だな……私もやり切った感があって、しかもこの世で一番好きだった人を先に亡くしてるんで。白川も入院もせずに、家でバタッと。

叶井 死因はなんだったの?

中瀬 大動脈瘤破裂っていう、大動脈がこぶみたいになって、破裂したら10秒ぐらいで亡くなる病気。しかも前日は元気に徹マンして、帰宅してから、たぶん競輪に行くためにスポーツ新聞を読んでる最中に。

叶井 一緒にいたの?

中瀬 いや、私は2階の寝室で寝てたのよ。ベッドの中で「あ、徹マンから帰ってきたな」と思ったら、ガサガサ物音がして、ずいぶん咳込んでるから「あいつ、風邪でも引きやがったか」と寝室から風邪薬を持って降りていったら、ソファにくずおれていて。私は状況が分からないから「どうしたの?」とか声をかけたんだけど……。

叶井 もう意識はないわけ?

中瀬 すでに亡くなってたの。目も開いたままで。もちろん心臓マッサージと人工呼吸をしながら救急車を呼んだけど、完全に手遅れ。一応、病院に運ばれて、人工呼吸器とか必要な処置を施されたうえで、「そろそろいいですか」みたいな空気の中で、医者から、何時何分ですって死亡宣告されたのね。でも、それは形式的なもので、あの場で亡くなってたね。

叶井 なるほどね。

中瀬 それを見て、彼らしいきれいな去り方だと思ったの。床に少しだけ血を吐いてたんだけど、何も汚してなかったし、そもそも彼は70歳になるのをすごく嫌がってたのよ。私が「もうすぐ古希じゃん」とか言ったら「古希なんて嫌だよ。じじいっぽいじゃん」って。で、古希の半年前に、69歳で旅立てたんだよね。足腰も弱ってて、いかにも寝付きそうな感じだったんだけど、亡くなる前日まで元気に遊んで、お金は……銀行口座を見たら103円しかなかったの。

叶井 103円!?

中瀬 『一〇三歳になってわかったこと』(幻冬舎)ってベストセラーはあるけど、103円になって分かることがあるとはね(笑)。別に遺産なんかいらなかったけど、口座から引き出すことすらできない金額。逆に白川は、新潮社も含めて複数の出版社から原稿料を前借りしてたのよ。だから会社に対して恥ずかしくて。ついでに言うと、彼が亡くなる前日、徹マンしに雀荘に行ったときも「雀荘で誰かにお金借りるんじゃないか」って、すごい嫌な予感がしてたんだけど、その予感も的中したからね。

叶井・岩井 あはははは。

中瀬 3万円ぐらいなんだけど、もちろんそれも返しに行って。白川が亡くなって私が最初にやったことって、彼の携帯電話を解約することだからね。「これからどんだけ借金取りから電話がかかってくるんだ?」と思って。マジで呪いの電話だと思う。今言った前借りも全部合わせたらすごい額になったんだけど、死後に本が売れたりして、少しずつ減っていってはいる。

叶井 それは結構ショックだね。