最愛の夫が亡くなったことで、自分自身も半分死んだ

中瀬 まあ借金はさておき、白川が旅立った時点で私自身も半分持っていかれたというか、半分死んじゃったような感覚もあって。当時の私は51歳だったけど「ここからは余生だな」と、死がすごく近くなったんだよね。

彼の遺影の傍らには、海に撒かずに少しだけ残しておいた遺灰を置いて祭壇みたいにして、毎日「行ってきます」とか「ただいま」とか言ってるし、コーヒーとかウイスキーとかお菓子とか、彼が生前好きだったものを供えてるし、私が競輪場とか旅行とかに行くときも、遺灰を入れたペンダントを持って行ってるの。だから死者と一緒に生活しているというか、一体化してるというか。もし私が死んだら、本当に白川のそばに行くだけなんだなって。

叶井 死ぬまでにやっておきたいこととかはないの?

中瀬 強いて言えば、私はお見合いをしてみたかったんだけど、あと半年で死ぬ女がお見合いに来られても困るよね。

岩井 振袖着て。

中瀬 そうそうそう。まあ私も、叶井くんほどではないにせよ、好き放題やったし、仕事も楽しかったし、大恋愛もしたしね。ただ、志麻子と同じように、うちもネコが3匹いるんだよね。この子たちを置いたままでは逝けない。

叶井 今、いくつぐらいなの?

中瀬 一番上が20歳で、13歳、9歳って続くから、一番上の子に関しては覚悟はしてる。

叶井 確かにネコがいるのは気がかりだよね。うちにも昔、ネコがいたけど、子どもよりネコのほうが心配になるかも。

中瀬 だって人間はね、自分で生きられるから。

岩井 イヌネコはね、人間がいないと生きてけない。野に放ったら死んじゃうか、保健所に連れていかれちゃうからね。

中瀬ゆかりさん(左)岩井志麻子さん(右)(写真:『エンドロール! 末期がんになった叶井俊太郎と、文化人15人の“余命半年”論』より)

※本稿は、『エンドロール! 末期がんになった叶井俊太郎と、文化人15人の“余命半年”論』(サイゾー)の一部を再編集したものです。


エンドロール! 末期がんになった叶井俊太郎と、文化人15人の“余命半年”論』(サイゾー)

映画業界では知らない人のいない名物宣伝プロデューサー・叶井俊太郎(かない・しゅんたろう)。数々のB級・C級映画や問題作を世に送り出しつつも結局は会社を倒産させ、バツ3という私生活を含めて、毀誉褒貶を集めつつ、それでもすべてを笑い飛ばしてきた男が、膵臓がんに冒された!しかも、診断は末期。余命、半年──。
そのとき、男は残り少ない時間を治療に充てるのではなく、仕事に投じることに決めた。そして、多忙な日々の合間を縫って、旧知の友へ会いに行くことにする……。