自分の中の“ふり幅”が広がって

この本の中に出てくるエピソードのひとつに、ナポリでぼったくりのタクシーに敢えて乗った時のことが書かれています。

私はお人好しなのでしょっちゅう人には騙されるのですが、場合によっては騙されているとわかっていても、面白そうと思ったら、それに付き合ってみたくなることもある(笑)。

「場合によっては騙されているとわかっていても、面白そうだと思ったら、それに付き合ってみたくなることも」(撮影:山崎デルス)

「ぼったくりなんて、けしからん!」っていう清廉潔白な考えの方なら絶対に乗らないでしょうけど、私自身若い頃に貧乏で苦労をしてきたこともあり、そんなふうにお金を稼ごうとする人の心理がわからないわけでもない。落語の世界にだってそんな人は沢山でてきます。人間なんてのはしょせんそんなものでしょう。

でも、騙されたおかげで、ナポリ湾が見渡せる高台に彼が案内してくれて、そこから茜色に染まった夕暮れの空と青く霞むヴェスヴィオス火山という息を飲むほど美しい光景を見ることができました。なにより、運転手の彼自身がその景色を見て「ナポリって素晴らしいでしょう、なんて美しい街に俺は暮らしているんだ」と泣いている(笑)。

5人の子供たちと妻の写真を見せてくれましたが、ぼったくりにしてはお得な価格だったと記憶しています(笑)。

そんな出会いを重ねて行くと、どんな相手に出会っても動じなくなるし、「許せない」と感じることが減っていく。自分の中の“ふり幅”が広がって、寛容性が増していくのが生きる強さになっていく感覚がある。世界のどこにいても自分は平気だ、という心地になっていく。

そもそも人間は本来、そうやって精神力を鍛えなければならない生き物なんだと思うのですけどね、昨今の皆さんは無駄のない燃費の良い生き方ばかり考えていらっしゃる。

自分の理解できないことを、シャットダウンして拒絶するのは楽です。けれども、それは人間としての機能をまんべんなく使っていることにならないと思います。寛容性というのは、人間という生き物が何より身につけるべきスキルのはず。

自分の価値観を相手にマウントするのではなく、相手が信じていることや正しいと思っていることを、いったんは理解を試みるというのは大事だと思うのです。他者を受け入れる幅が広がると、自分の生き方も自ずと楽になっていくのではないでしょうか。

人との出会いというのは、毎回そうした人間力を鍛えるチャンスになるのだと思っています。


扉の向う側』(著:ヤマザキマリ/マガジンハウス)

自分に見えてる世界なんてほんのちっぽけ。地球の片隅で凛と生きる人たち――。「ku:nel」人気連載エッセイ、オールカラー画で待望の書籍化。