「こんなの飲んでたら芋虫になっちゃう」

「いったいなんてものを栽培してくれたのよ、しかもあんなたくさん!!」と、義母は口の中のものを吐き出すや否や、窓の外の畑に生い茂るケールを指差して夫に噛み付いた。

「でも、体に良いんだし、これくらいの苦味は我慢するべきなんだ」と義父は、眉をひきつらせると、はっきりこう言った。

『貧乏ピッツァ』(著:ヤマザキマリ/新潮社)

「君たちは食べなくて良い。これは私が食べたくて植えたものだ。1日3食だって食ってやる」

ケールの強烈な苦味パンチにやられたショックで、皆その現実味の無い言葉に対して何の反応もできなかった。不味さと悔しさと意固地で、顔がどんどん赤らんでいく義父を少し気の毒に思った私は、日本ではこれを粉末にして水に溶かして飲む人もいる、と弱々しく告げてみた。

すると、紅潮した義父の表情はふんわりと緩み、瓶底メガネのレンズの向こうで希望に満ちた瞳がきらきらと輝き出した。

義父は、早速刈り取った残りのケールを包丁で細かく切り刻み、水と一緒にミキサーに掛けた。その真緑色の液体には、彼の誇りと健康が懸かっていた。ところがコップに注いだその“生青汁”を一口飲んだあと、義父の頭はしばらく俯いたまま固まってしまった。

考えてみたら、湯がいても苦かったその葉っぱを液状にしたところで、味や苦味が変わるわけではない。義母がそらみろ、と言わんばかりの顔でミキサーの中のケールの匂いを嗅ぎ、「うはあ、こんなの飲んでたら芋虫になっちゃうわよ」と大声で皮肉を言い放った。

結局そこで栽培されていたケールのうち半分は、刈り取られることなくその場に放置され、残り半分は義父が家に訪ねてくる人に「絶対体に良いから、なんとかして食べてくれ」と押し付けていた。

その現場を目撃した義母から、「自分一人で食べると言ってたのはどこの誰だったか」と突っ込まれて大喧嘩になり、その後ケールという野菜がそこで栽培されることは二度となかった。