歌を始めとするエンタメの力や役割

淡谷のり子さんをモデルにした大物歌手・茨田りつ子に扮している菊地凛子(42)も卓越した演技力を見せている。モデルとなる人物がいる場合、通常は話し方やメイクを真似るが、菊地は淡谷さんが持っていた貫禄やカリスマ性の再現しようとしている。だから表情や体をあまり動かさない。

筆者は1986年、当時79歳の淡谷さんを取材したが、威厳に圧倒された。東洋音楽学校(現・東京音楽大学)の声楽科を首席で卒業し、戦前戦後と大スターであり続けた自信からだろう。菊地は淡谷さんが漂わせていた空気をつくろうとしている。

『ブギウギ』の制作が動き始めたのは2021年。コロナ禍の出口が見えず、大型フェスを含む多くのライブが相次いで中止や延期になっていたころだ。おそらく制作陣はエンタメが禁じられた戦時下と自粛下のコロナ禍を重ね合わせ、この朝ドラを企画したのだろう。どちらの時代も歌を始めとするエンタメの力や役割が問われていた。

物語上の現在は1939年春。同9月には大戦が始まる。笠置さんは敵性音楽ということでジャズが歌えなくなり、軍需工場などを慰問でまわる楽団の結成を余儀なくされた。スズ子も同じ道を辿るはずだ。

今後は自由に歌えないスズ子と茨田らの苦悩、好きな歌が聴けない大衆の嘆きが描かれる。悲喜こもごもは朝ドラの定番かつ王道だ。

【関連記事】
『ブギウギ』モデル笠置シヅ子と待遇改善のために高野山へ立てこもった飛鳥明子。伝説のプリマドンナでシヅ子いわく「神様」…その29年の生涯とは
母危篤も動揺を隠して歌い続けた『ブギウギ』モデル・笠置シヅ子。母の最期の望みとは…「母もこのほうが喜んでくれますやろ」
帝劇で圧倒的パフォーマンスをみせた『ブギウギ』モデル笠置シヅ子。服部良一による斬新なアレンジにシヅ子という逸材が加わり、日本のブロードウェイショウは成熟した