何も求めなければ、失うこともない

本書には、二人の主人公が登場する。一人は前述したミチル、もう一人はアキヒロという男性だ。視覚障害者で一人暮らしのミチルの部屋に、アキヒロが忍び込むところから物語が展開していく。アキヒロがミチルの部屋に無断で忍び込んだのは、犯罪者として追われていたためであった。罪状は「殺人罪」。

アキヒロが罪人か否かも含めて、交錯する人間関係を軸に、生きることの“ままならなさ”と人間が抱える寂しさを描いたミステリー作品である。

ミチルとアキヒロには、ある共通点があった。それは、人には言えない“孤独”を抱えていたことだ。二人は己の孤独をうまく飼いならすことができず、じっと痛みを堪えていた。二人の奇妙な同棲生活は、やがて彼らの未来を大きく変えていく。だが、その変容の過程は、決して優しいものではなかった。

“自分には、仕事も家族も、どんな目標もありはしない。求めてもいけないのだ。だからせめて、もう傷つかないようにじっとしていよう。”

白杖での外出を試みた初日、ミチルは車のクラクションを盛大に鳴らされた。以来、恐怖心に苛まれ、親友のカズエと一緒でなければ外出できなくなってしまう。カズエと共に必要な食材等を買い出しに出かけ、それ以外は自宅で丸まって過ごす。父親が残した遺産を頼りに、ひっそりと巣穴で生きる日々は、彼女に平穏と諦めをもたらした。