期待するから傷つく
私自身は、家出後もどうにか仕事を続けていた。だが、目標なんてものはなく、ただその日を生きるだけで精一杯だった。また、“家族を持つ”ことも諦めていた。
今からおよそ20年前、「結婚」と「子育て」は暗黙の了解でイコールのような雰囲気があった。私には、自信がなかった。「虐待は連鎖する」――巷にあふれるその言葉が、私の中から「出産」という選択肢をいとも容易く除外した。
仕事だって、いつまで続くかわからない。フラッシュバックと希死念慮はあいも変わらず隣にいたし、時々ではあったが記憶も飛んだ。
休日の前日には、躊躇いなくOD(過剰服薬)をした。深く眠っている間だけ、唯一苦しみから逃れられる。ODの後遺症で胃潰瘍になったり、膀胱炎になったこともある。しかし、肉体の痛み以上に、両親が私に刻んだ心的外傷のほうが深刻だった。
“最愛”と呼んで差し障りのない人とも、二度と会うことはない。私はもうこれ以上、ほんの少しも傷つきたくなかった。期待するから傷つく。愛するから失う。だったら、何も求めなければいい。