ファミリーホームの広々とした応接間で取材に応えるみどりさん。この部屋の隣に里子たちの居室がある
熊本県内の病院に16年前に開設された「こうのとりのゆりかご」、いわゆる《赤ちゃんポスト》(以下、「ゆりかご」)。親が何らかの事情で育てられない子を匿名で受け入れるために設置されたものだ。2022年、宮津航一さんが「ゆりかご」出身であることを実名で公表し、注目を集めている。航一さんと、彼を育てた家族の想いとは(撮影:本誌編集部)

<前編よりつづく

「ゆりかご」から天使が家にやってきた

当時、夫婦は児相の裏通りでお好み焼き店を営んでおり、児相からも注文が入ってきていた。ある日、美光さんに、職員が声をかけた。

「里親になりませんか」

夫婦が地域の子どもの面倒を見ていることを知っており、白羽の矢を立てたのだ。

「家庭で十分に手をかけたつもりでも、子育てはなかなか思うようにはいきません。みんなが助け合って、社会で子どもを育てていくことが大切なのではないかと、預かった彼を見て思っていたところでした。お父さんももう少したくさんの子どもを応援したいと言い、私も同じ気持ちでした」(みどりさん)

2007年、夫婦で里親登録し、2ヵ月後の10月に初めての里子を迎えることに。

「中高生など大きな子が来ると思っていた私たちですが、聞けばやってくるのは3歳の男の子だと。どうしよう?3歳ならかわいいに決まってる!おばあちゃんも私も二つ返事で承諾。久しぶりの小さい子に興奮していましたね」(みどりさん)

それが航一さんだった。2回ほど店での交流が行われ、それから同居に移行。「ゆりかご」に預けられていたことは家に迎え入れる直前に知らされた。親も名乗り出ていないし、身元についての情報もない。

戸籍上は「棄児」として扱われ、幸山政史市長(当時)により「航一」と名付けられ、児相に収容されていた。それを聞いてみどりさんは当時、漠然と、「将来はうちの子になるかもしれないなあ」と思ったという。