柴田さん「いつもの母の口調にこれなら大丈夫、と心から安堵しました。ですがーー」(写真:本社写真部)
内閣府発行の「令和4年版高齢社会白書」によると、介護保険制度にて要介護または要支援の認定を受けた65歳以上の人は、655.8万人におよぶそうです。そのようななか「親の介護はある日突然やってきます。私の場合もそうでした」と語るのは女優の柴田理恵さん。富山で一人暮らしをする柴田さんのお母さんは、腎盂炎で入院し、寝たきりの状態になってしまったそうで――。

要介護4

2017年10月に母は腎盂炎(じんうえん)を発症し、入院することになりました。

最初に母の異変に気づいてくださったのはヘルパーさん。

母を病院に急ぎ連れていってくれたのは、母の生家の親戚であるヒトシ君でした。本当に感謝しかありません。

どうしても外せない仕事があり、私が駆けつけられたのは入院から3日後のことです。

そのときの母は、意識が朦朧(もうろう)としており、会話も難しい状態。

私も仕事の都合で1時間ほどしか滞在できず、後ろ髪を引かれる思いで東京に戻りました。

人間ってある日突然こんなことになっちゃうんだなぁ……、あまりの変わりように衝撃を受けました。

しかし、幸いなことに、抗生物質の投与などの治療が功を奏し、熱も下がって回復に向かいました。

最初に母を見舞ってから1週間。

やっと時間の都合ができたので、急いでまた富山の病院を訪ねました。

恐る恐る病室へ入ると、母は静かに横になっていました。

「お母さん」と、そっと声をかけると母はゆっくり目を開け、声のありかを少し探しました。視線が私をとらえると、「あぁ、理恵」と驚いた様子でゆっくり口を開きました。

「お母さん、わかる? 私のこと?」

「うん、わかる。あんたは理恵だ」

弱々しい声でしたが、母は確かに私を認め、はっきりとそう言いました。

「よかったあ、心配したんだよ。えらい目にあったね」

「なーに、まだ死にゃしないよ」

いつもの母の口調(ちょっと口が悪い!)に、これなら大丈夫、と心から安堵(あんど) しました。

ですが、だいぶ回復してきたとはいえ、病に侵(おか)された体は極度に弱ってしまい、その時点ではまだ一人だと何もできない寝たきりの状態でした。

そのタイミングでちょうど要介護認定の更新がありました。

その結果は、なんと「要介護4」。