信じるな。引き返せ
Sは、そんな私に「全部は入れないで」と言った。「なぜ」と聞くと、「治療に使うから」と応えた。安定剤を飲むと、大抵眠くなってしまう。そんな状態で治療が可能なのかと尋ねると、「意識が明瞭ではないほうが、治療がうまくいく」と彼は言った。
彼の指示通り、私はいくつかの薬を飲み、ベッドに横たわった。治療はいつも、私の自室ではなくラブホテルの一室で行われた。私の部屋に、ベッドはない。部屋代はSが出してくれた。大学生の彼のほうが、社会人である私よりお金に困った様子がない。そのことを、私はひっそりと妬んだ。
彼の指示で、お湯に薬を溶かして飲み込むのが苦痛だった。安定剤を溶かした液体は、総じて苦い。後味の悪さに顔をしかめる私に、彼はいつも飴玉をくれた。飴玉をもらうことに、かすかな拒絶を覚えた。
当時は、その理由がわからず混乱した。のちに、耐え難い屈辱を受けた後、相手からお菓子を渡された記憶を取り戻した。その経験ゆえ、私は彼から飴玉を受け取るたびに虫唾が走ったのだと思う。もしくは、単に本能が警笛を鳴らしていたのかもしれない。信じるな。引き返せ、と。