ガラス戸の向こうにいる顔ぶれは、求とひかり。「タクちゃん」に、「宮さん」まで。四人揃って、なにごとだろう。
ひかりが手にした鍵で戸を開けようとしている。その前に、内側から開けてやった。
「皆さんお揃いで、どうしたんですか」
お馴染みの面々が、ぞろぞろと入ってくる。「タクちゃん」などは、ご大層な花束まで抱えている。
「どうしたもこうしたも、時さんの退院日だろ」
「退院じゃなくて、転院です」
誤りを正してやると、「タクちゃん」は「分かってるよ」と肩をすくめた。
「なんにせよ、快方に向かってるってことだ。ひと言『おめでとう』と言ってやりたくて――」
「こんなに大勢、連れて行けませんよ」
流行り病も下火になってきたとはいえ、病院側は慎重だ。面会時の規定と同じく、転院のつき添いは家族二名までとされている。転院先の病院でも、面会はやはり制限つきだ。
「だから、分かってるってばよ」
話の腰を折られ、「タクちゃん」が顔をしかめる。花束をカウンターに置き、なにか小さな板状のものを握る仕草をした。
「動画、撮ってくれよ。ビデオレターってやつだ」
急いでいるときに、面倒な。そう思ったのが顔に出たのか、ひかりが詫びてきた。
「ごめんなさいね、明日美さん。『タクちゃん』ってば、今朝になって思いついたらしくて」
それで皆を招集したのか。わざわざ、ご苦労なことである。
「でも、もう行かなきゃいけなくて」
「動画くらい、一分もありゃ撮れるだろ。アヤ坊、来いよ。お前も入れ」
求がアヤトを手招き、抱き寄せる。カウンターの前に、五人が並んだ。
しょうがない。動画を撮る、撮らないで揉めていても、時間を食うだけだ。諦めて、明日美はバッグからスマホを取り出した。
いつの間にかスマホに、『今から行くね』とひかりのメッセージが入っていた。バタバタしていて、気づかなかった。
「なんて言やぁいいの。声揃える?」
「宮さん」が「タクちゃん」に囁きかけ、なにやら打ち合わせをしている。明日美は問答無用でスマホを向けた。
「撮りますよ、はい」
「わっ、ちょっと待った!」
ぐだぐだなスタートだが、すでに撮影は始まっている。「タクちゃん」が「せーの!」と音頭を取った。
「時ちゃん」「時さん」と、呼称が分かれた。まったく足並みが揃っていない。
「待て待て、『時さん』にしよう。なっ。せーの!」
気を取り直して、もう一度。
「時さん、転院おめでとう。早くよくなって、帰ってきてね」
やっぱり声が、揃わない。アヤトがキャハッと高い声で笑いだす。
「ちょっと、『タクちゃん』だけ退院って言ったでしょ」
「えっ、そうだっけか。じゃあもう一回」
「いいと思います。これも味です」
強引に、撮影を切り上げる。もう一度撮っても、それほどクオリティが上がるとは思えなかった。
「それじゃあ、行きますね。鍵、お願いしてもいいですか」
「はい、行ってらっしゃい。時さんによろしくね」
「ああ、待て待て。これも持ってってくれよ」
「タクちゃん」が、花束を押しつけてくる。ひまわりをメインにした、夏らしいアレンジである。
時次郎の回復が、そんなにも嬉しいものか。明らかに、先走っている。
「すみません、お気持ちだけで。お見舞いに生花はNGなので」
「ええっ、そうなの?」
いつからそうなったのか明日美にも分からないが、衛生面の問題で、多くの病院では生花の持ち込みが禁止されている。
目を剥いて驚く「タクちゃん」の肩に、「宮さん」が手を置いた。
「な、だから言ったろ。今どきの病院はそうだって」
「宮さん」の制止の声も聞こえないほど、舞い上がっていたのだろう。「タクちゃん」は花束を胸に抱え、しょんぼりと項垂(うなだ)れた。
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