紫陽花の花

低木の上に小さな花が集まったラベンダー色の花の鞠が乗っている。なんと、ガクアジサイだ。

ガクアジサイは珍しくもない植物である。だが、それは本州の温帯域での話だ。亜熱帯の小笠原で目にすることはない。

南硫黄島は、伊豆諸島と小笠原諸島の中で最も標高の高い島だ。標高が高くなると、気温が下がっていく。そのおかげで、南硫黄島は亜熱帯地域にありながら、山頂部は温帯的な環境になっているのである。

本州では平地にガクアジサイがある。伊豆諸島では標高数百mでガクアジサイが見られる。そして火山列島では標高700m以上に分布している。

伊豆諸島と火山列島の間にある父島や母島などは標高が低く、ガクアジサイが生育できる冷涼な環境がない。

標高が高い島には必然的に多様な環境が生まれ、生物の多様性が増すのだ。亜熱帯の中にある温帯の風景に、しばし心を奪われた。

「あ、このサンプル採集しますねー」

チョキッ!

感慨に耽る私の目の前で、植生班のタカヤマが無常にもアジサイの花を持っていってしまった。

ここは学術調査隊、感傷とは無縁の理系集団なのだと改めて実感させられた。

「花を先に採っちゃうから、花に集まる虫が獲れなかったよー!」

調査の後半で二次隊として登頂した昆虫班のカルベがぼやくことになるが、こういうのは早い者勝ちなのだ。

※本稿は、『無人島、研究と冒険、半分半分。』(東京書籍)の一部を再編集したものです。


無人島、研究と冒険、半分半分。』(著:川上和人/東京書籍)

絶海の孤島、南硫黄島。本州から南に1200kmの場所にあり、その開闢以来人類が2度しか登頂したことのない、原生の生態系が残る奇跡の島である。

本書は、その島に特別なミッションを受けて挑む研究者たち(主に鳥類学者)の姿を、臨場感あふれる筆致で描く冒険小説であるとともに、進化や生態についての研究成果報告書でもある。