人の縁とは不思議なものですね。江戸川乱歩先生の小説『黒蜥蜴』を三島由紀夫さんが戯曲にして、1962年、当時の大女優、初代・水谷八重子さんがヒロインを演じました。

観劇に行って楽屋を訪問すると、水谷さんが「私は健康的だから、こういう女の役は向いていない。あんたのほうが合うわよ」とおっしゃる。「あら、じゃあ私は不健康って言いたいの?」「だって、そうでしょう?」。そんなやりとりがありました。

それから5年後、寺山修司さんが戯曲『毛皮のマリー』を、私のために書き下ろしてくださった。公演は大盛況で、劇場があった新宿の伊勢丹近くの通りが、人で埋まって歩けなくなったほど。

すると観に来てくださった三島さんが、上演後に『黒蜥蜴』のヒロインを演じてほしいと頼んでいらしたのです。もちろん、お引き受けしました。

その後、乱歩先生とお会いした際、「『黒蜥蜴』を演ることになったので観に来てくださいね」と言うと、「いや、行かない」。理由を聞いたら、「いったん人の手に渡ったものは、自分のものじゃなくなるんだ。僕が行くと、三島くんに気を揉ませることになるから」とおっしゃったことをよく覚えています。

思い起こせば、すばらしい方々とお仕事をご一緒できたのは「銀巴里」のおかげ。70年以上前の16歳のあの日、オーディションを受けたことで、今日まで続く道が始まったのです。

2024年、80代最後の年を迎えます。今もこうして皆さまにメッセージをお伝えできることを、心から感謝しております。