「息は盗んでも罪にはならない」
中学2年の時、その父親である師匠から突然、ある申し渡しがあったという。それが第1の転機となる。
――そうですね。四歳で『鞍馬天狗』の「花見」で初舞台。それからはずっと手取り足取りの稽古で、いわば身体で教えてくれていたのですよ。それが中学2年の終わりごろ、父が「今日から大人の稽古をするから」と。
どう変わったかと言うと、「はい、『羽衣』の呼びかけを」と言われれば、天女の出の「のう、その衣はこなたのにて候」というところから始める。父は座ったまま、「のう、はもっと張って」と言ってくれますが、最後の「霞に紛れて失せにけり」までずっと私ひとりで通す。終わると、「あそこはこういう気持ちだから、こういうふうに謡うのだ」と。
それまではもっと上に飛び上がれとか、肉体的な形の稽古でしたが、精神論的な心の稽古に変わった。これはいきなりでしたから、やはりショックでした。一生自分はこれでやってゆくのかという、少し不安な気持ちになりましたので、やはりこれが最初の転機でしょう。