昭和の「スポ根アニメ」
佐藤 あえて引き合いに出せば、それでも諦めずに来る日も来る日もチャレンジしているうちに、ついに超人的なジャンプ力を我がものにして、ぶどうに手が届いたというのが、『巨人の星』や『アタックNo.1』の世界です。
池上 昭和の「スポ根アニメ」ですね。
佐藤 『巨人の星』は、私が小学生の頃の放映でしたが、同じ年代の男子は時間になるとみんなテレビにかじりついて見ていた。でも、今教えている大学生たちに見せると、心底びっくりされます。「何が面白いんですか?」と。(笑)
池上 けっこう何度も再放送されていましたが、時代に合わなくなったのか、さすがに見なくなりましたね。
佐藤 元巨人軍の内野手ながら、飲んだくれの労働者の身となった星一徹が、息子の飛雄馬を鍛えてピッチャーに育てるわけですが、その鍛え方がすごい。
成長期の子どもに「大リーグボール養成ギプス」という筋力増強装置を着けさせたままにしたり、ボールにガソリンを染み込ませた布を巻いて「火の玉ノック」を見舞ったり。けがの原因になるからと、今はやられていない“うさぎ跳び”のシーンも頻繁に出てきます。しかも、何かにつけてぶん殴る。DV親父そのものです。
池上 リアル「ちゃぶ台返し」もやってました。
佐藤 そういう荒唐無稽というか、今から考えれば相当ひどい話なのですが、あの時代には『巨人の星』を見ていないと、学校で仲間に入れなかったのです。
「すっぱいぶどう」に当てはめるなら、諦めて去った狐は間違っている。たとえすっぱかろうと、血の汗を流してでもぶどうを取るまで頑張らないといけない、と。周囲はそんな空気だったわけです。
池上 若い人のために注を付けておくと、このアニメの主題歌に、「血の汗流せ 涙をふくな」という一節があります。とにかく、「頑張ることこそ、美徳である」というのに、みんな疑問を抱かない時代ではありましたよね。
野球つながりで言えば、今ロッテにいる佐々木朗希投手が高校時代、夏の甲子園大会の決勝で、故障の恐れがあるからと登板を回避され、チームも敗れるという「事件」がありました。この監督の決断は、昭和の時代だったら抗議電話どころの騒ぎでは済まなかったでしょう。
※本稿は、『グリム、イソップ、日本昔話-人生に効く寓話』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
『グリム、イソップ、日本昔話-人生に効く寓話』(著:池上彰・佐藤優/中央公論新社)
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