全身の垢が落ちた少女はまるで別人のようだった

1日目は足浴です。桶に足を浸して優しく洗うと、両手ですくえるほどの垢が出ました。
2日目は膝から下、3日目は太もも、というように、1週間ほどかけて全身をきれいにしました。全身の垢が落ちたトシエちゃんは、まるで別人のようでした。

『長生きは小さな習慣のつみ重ね――92歳、現役看護師の治る力』(川嶋みどり著/幻冬舎)

表情にも変化が現れます。うっすらとしたピンク色の頬で、微笑むようになりました。乱れていた脈拍のリズムも、少しずつ確かになっています。そして、うめき声ばかりだったトシエちゃんが、話しかけてくれたのです。

「看護婦さん、おなかがすいた」

私はうれしくて、言葉が出ませんでした。それからは、隣のベッドの友だちとも、おしゃべりするようになりました。

しかし3か月後、トシエちゃんは幼い人生を閉じます。看護師になって、初めてのことでした。とてもショックでしたが、このような思いに至ったのです。「わずか3か月だけど、トシエちゃんは少女らしい日々を過ごせた」と。

あのまま何もしなければ、もっと早く寿命が尽きていたかもしれません。きっと笑顔になることはなく、うめき声をあげ続けていたことと思います。

体をきれいにしたことで、トシエちゃんの生命が輝いたのだと確信しました。生きる力が湧き出てきたのです。この体験は、私の看護の原点になりました。

そして10年後、ナイチンゲールの『看護覚え書』という本が翻訳・出版され、私は次の言葉に出会います。

「安らぎとか安楽というものは、それまでその人の生命力を圧迫したものが取り除かれて生命が再び生き生きと動き出した兆候」

ああ、あのときのトシエちゃんが、まさにそうなのだ。私がしてきた看護は間違っていなかったのだと、ナイチンゲールに認めてもらった気がしたのです。