最後まで食べる。亡き親友が教えてくれたこと
冨沢みえさん。私の大切な友人で看護師でした。胃がんの末期で入院中の彼女も最後まで、口から食べる努力をしていました。
「点滴だけじゃ力にならないのよ。だから、何としても自分の口で食べるの」
みえさんは、いよいよ食べ物がのどを通らなくなってもコップ1杯の牛乳を2時間かけて飲んでいました。「噛んでると自然に入っていくのよ」と。
そして、死の間際のことです。みえさんから「おすしを買ってきて」と頼まれました。「食べられっこないよ」と私が言うと「いいから早く。特上よ。ワサビは抜いてもらってね」と譲りません。言われたとおり買ってくると、彼女は紙皿を胸におき「ここに一つ載せてちょうだい。おすしのネタは取ってね」と言います。特上なのにネタは食べないのです。
みえさんは、ご飯を一粒指でつまみ、口の中に入れます。目を閉じて15分ほど。
「今、何してたかわかる?」
「ご飯粒を噛んでたんでしょ」
「そう。噛んでると、飲み込んだ感じはないのだけど、なくなるのよ」
そんな会話をして、みえさんはご飯を一粒つまんでは、口に入れるのです。
「今の一粒はね、夫のために噛んでたのよ。……次の一粒は昌夫のため。次の一粒は厚子のため……」
みえさんは、家族を思いながら、祈りながら噛んでいるのです。2時間ほど経ったでしょうか。「ごちそうさま」と彼女は言い、私は病室を後にしました。
その晩、彼女の意識はなくなりました。そして数日後、息を引き取ったのです。
みえさんは最期の瞬間まで「看護って何だろう。看護師って何をする人だろう?」と問い続けていたのだと思います。おそらく、彼女が理想にしていた看護と、実際に受けた看護にズレがあったからです。医療側から見れば、彼女の命は絶望的でした。それが患者のみえさんに伝わってしまうのです。
でも、みえさんは最後まであきらめず、社会復帰を目指していました。「点滴だけでは生命を維持できても、生活に必要な力にはならないの」と言い、必死に口から食べたのです。これが彼女の生命力の源泉だったことは、間違いありません。「生きていくこと」へのすさまじい意欲を親友から見せられた私は「看護に何ができるのか?」と、今なお問い続けています。
※本稿は、『長生きは小さな習慣のつみ重ね――92歳、現役看護師の治る力』(著:川嶋みどり/幻冬舎)の一部を再編集したものです。
『長生きは小さな習慣のつみ重ね――92歳、現役看護師の治る力』(著:川嶋みどり/幻冬舎)
看護の世界で75年、生と死に向き合い〝人間らしく生きる〟ことを問い続けてきた92歳の現役看護師。生命を輝かせ自己治癒力を引き出すには、あたり前の暮らしを見直すこと。ぴんぴんキラリ健康長寿の秘訣決定版。