(写真はイメージ。写真提供:PhotoAC)
日本自動車工業会の発表によれば、2023年(1~6月)の四輪車の国内生産台数は前年同期比19%増となり、上期としては2年ぶりに増加したそうです。一方、無類のクルマ好きとして知られるのが音楽プロデューサー・松任谷正隆さん。自身とクルマの深い関わりについては、JAF(日本自動車連盟)機関誌『JAF Mate』の連載などに記していらっしゃいます。その連載がまとまった『車のある風景』より、苦手だった飛行機と初の海外旅行、そしてパリで出会ったポルシェの思い出についてつづったエッセーをお届けします。

二度と飛行機には乗るまいと

僕は小学校のときに家族旅行で乗った初めての飛行機でちょっとしたトラウマになり、海外旅行デビューは30歳のときだった。

トラウマ事件……それは九州からの帰り、台風の影響で鉄道の橋が水に浸(つ)かったとかで列車が動かず、急遽(きゅうきょ)飛行機にキャンセル待ちで乗ることになったときのことだ。

当然のことながら列車の人たちは飛行機に殺到し、僕たち家族はバラバラの席。僕は老人の会みたいなグループの中にポツンと座らされた。

YS11は飛び立つと、台風の余波でゆらゆらと揺れ、僕の隣の老婦人が例の紙袋を取りだした。すると、周りの会の人たちは連鎖なのか、みんな袋を取り出し唸(うな)り始めたのだった。

地獄だった。

僕の隣の老婦人はよほど苦しかったのだろう、小学生の僕に「ぼうや、お願いだから運転手さんに言って止めてもらってちょうだい」と袋に顔を埋めながら懇願した。

いくら小学生でも上空で飛行機を止めたらどうなるかくらい想像ができる。頭の中はパニックになり、二度と飛行機には乗るまい、とそのとき心に誓ったのだった。